第一章

第3話

綾ヶ瀬優太あやがせゆうた


 この度は、弊社の採用選考をお受け頂き、まことにありがとうございました。先日の面接内容や応募書類を精査した結果、弊社では綾ヶ瀬様が活躍できる場所をご用意することができないという結論に至りました。

 せっかくご足労して頂いたのにも関わらず、申し訳ございません。まことに心苦しいのですが、なにとぞご了承いただけるようにお願い致します。

 末筆ではありますが、綾ヶ瀬様の、より一層のご活躍をお祈り申し上げます』




 只今、午前十時四十三分。ちょうど二コマ目の授業が終わってすぐの事だ。実家のある田舎の村より三百キロは離れている某Fラン大学の講義室にて、俺は通算九十九通目となるお祈りメールを頂戴していた。


 三年生の夏頃から注目していた会社だった。中小規模だったから最初はあまり期待していなかったんだけど、先日行われた就職試験の最終面接の時はかなりの手応えを感じた。だから、もしかしたら今度こそ内定もらえるかも……なんて思ってたのに。


 何だよ、あの面接官ども。「なかなか素晴らしい理念をお持ちですね」とか「弊社が求めているのは、あなたのように気合いを漲らせている若い力なんですよ」とか言ってたくせに! あんだけヨイショされたら、もう勝ったも同然と思うのは自然な流れだろ。それなのに、何でこんなテンプレなお祈りメールをよこしてくるんだよ。あれ以上、俺に何を求めるっていうんだ!


「……ああ、もうムカつくぅ!」


 左手でお祈りメールを映し出しているスマホを持ちつつ、右手は自分の頭をガリガリと掻く。行きつけになった激安の理容室で切り揃えてもらったばかりの髪がぐしゃぐしゃと掻き回される音がよっぽど不快だったのか、隣の席に座っていた岸間きしまがじろりと俺を横目で見てきた。


「やめろって。俺はさっき、記念すべき百通目のお祈りメールが届いたところなんだからよ……」


 岸間とは、大学入学して少しした頃に知り合った。たまたま受ける講義がほとんど一緒で、ついこの間まで所属していたテニスサークルでも一緒に汗を流した仲だ。岸間も俺とほぼ同時期に就職活動を始めたんだが、ここ連日はずっと幸薄くて暗い顔しか見てなかった。


「もうすぐ夏休みだっていうのになぁ……」


 はあっと、長いため息を吐き出しながら、岸間は講義室の窓の向こうに顔を向ける。まだ就職活動なんて他人事ですよと言わんばかりの一年坊達が、のんきな顔で通りすがっていく様子が小さく見えた。


「夏休み中に内定取れなかったら、ほぼ就職浪人確定だろ……。もう、マジでヤベえわ」

「そうだよなぁ。もうお祈りメール見飽きたし、どこでもいいから雇ってくれってんだよ」

「綾ヶ瀬はまだいいじゃねえか、希望が残ってるんだし」


 そう言うと、岸間はゆっくりとこっちを振り返ってきた。

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