第61話
「……これでよかったか?」
書店を出て、少し離れた先に自動販売機を見つけた菊池君が「何かおごってやるよ」と言ってきた。もちろん最初は断ったけれど、「驚かせたお詫びだから」なんて言われたら、断り切れる事ができず……。「じゃあ、お茶で」と言ったら、菊池君は烏龍茶のペットボトルを二本買って戻ってきた。
「あ、ありがとう……」
「うん。じゃあ、そこで飲もうか」
そう言った菊池君の目は、自動販売機の正面にぽつんと置かれてある木のベンチを見つけていた。商店街所有のベンチなのか、背もたれの後ろの方に『どなたでもお気軽にお座り下さい』という手書きのプラカードが吊り下げられている。私がこくりと頷くと、菊池君は少し足早にベンチへと向かっていった。
菊池君の後を追ってベンチに座り、彼とほぼ同時にペットボトルのふたを開ける。そのまま口をつけると、冷たくてほろ苦い烏龍茶の味がひどく心地よく、さっき書店の中で味わった驚きを全部なかった事にしてくれるんじゃないかって気になったけど、それは菊池君本人が許してくれなかった。
「瞬間記憶能力って言ったら、分かりやすいか?」
「え?」
「俺の場合、それが適切かどうかは分からないけど、たぶん相当近いものだとは思う。生まれつき、記憶力が人並み外れてるみたいなんだ。速読力もあるから、初めて読む本でもさっきみたいにすれば、一発で全部覚えられる」
「じゃあ、菊池君の勉強法って」
「ああ、ただの丸暗記だよ。
菊池君は、ペットボトルをぐいっと呷って、一気に中身をぐびぐびと飲む。そのまま半分ほどまで飲んでしまうと、大げさなくらいにぷはあっと大きく息を吐いてから、私に自嘲めいた笑みを浮かべてみせた。
「がっかりしたか?」
「え……」
「ものすごいガリ勉をしているとか、一流どころの塾に通ってるとか、もしくはうまくコツを掴める勉強法を知っているとか、そんな事ばっかり想像してたんだろ? でも実際は、とんでもないズルをしでかしてたじゃないかって話だよ」
「ズ、ズルだなんて、そんな」
「ズルが悪けりゃ、カンニングか?」
「そ、それも違うでしょ。菊池君はちゃんと一位を取って」
「さっきも言っただろ。ただ覚えてるだけだ」
そう言うと、菊池君はペットボトルを持ったまま、すっと背中を折り曲げ、静かに両目を閉じた。そして「16時45分、商店街の案内放送開始」と、いきなり抑揚のない口調でしゃべりだした。
「『こんにちは、宮前商店街にようこそ。本日火曜日は、商店街特別サービスデー。どこのお店でも三千円以上お買い上げされた方は、レシートを持って西口にある商店街詰所へどうぞ。豪華な景品が当たりますガラガラくじにチャレンジできますよぉ! 一等の自転車から六等のサランラップまで、ハズレは一切なし! さあ、どうぞどうぞぉ~!』……」
「え、何……?」
「時計見てみろよ」
私は、慌ててスマホの液晶画面に映る時刻を確認した。16時44分が表示されている。そして、ほんの数十秒後に、16時45分に切り替わった瞬間。
『こんにちは、宮前商店街にようこそ。本日火曜日は、商店街特別サービスデー。どこのお店でも三千円以上お買い上げされた方は、レシートを持って西口にある商店街詰所へどうぞ。豪華な景品が当たりますガラガラくじにチャレンジできますよぉ! 一等の自転車から六等のサランラップまで、ハズレは一切なし! さあ、どうぞどうぞぉ~!』
商店街のアーケードの所々に設置されているスピーカーから、甲高い女の人の声で菊池君が言ったのと全く同じ文言が流れてきた。
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