第58話

「え?」

「ここまで食い下がってくるからには、それなりの理由があるって考えるのが自然だろ? 俺も知りたい」


 ぱっと顔を上げてみれば、菊池君は再び立ち止まっていて、私に少し険しい表情を向けていた。それに怯んで自転車を押す足が止まってしまい、呼吸も何となく詰まったような気がしたが、ここでだんまりを決め込むのは違うと思った。


「私に、それを望んでいる人がいるから」


 ふうっと、短くて荒い息を吐いてから、私は言った。


「私にそうなってほしい、そうあってほしいって思ってる人がいるの。私はそれに応えたくて――」

「その、『それ』っていうのは、品川自身も望んでる事か?」

「え……」

「俺には、そうは見えないんだけど」

「何、言って……」

「本当に、品川もそうなりたいのか?」


 まるで、何もかもを見透かしているような目で菊池君が私を見てくる。何よ、何でそんな目で……。


「あ、当たり前でしょっ……」


 いけない、声が震えてる。同じくらい、両足も震えてるような気がする。ダメだ、平気な振りしないと。別にこんなの、何でもないってふりをしなきゃ。そう、あの時に比べたら何て事ない。両親が別れる事を決めたあの日に比べたら。そして、中学の陸上大会で初めて一着を獲った日の事に比べたら――。


「その為だったら、どんな努力だってするわ」

「ふうん……」


 私の答えに全然納得できていないとばかりに、菊池君は息が抜けたような返事をする。そして、ふいにある方向に顔を向けると、「じゃあ、試してみるか?」なんて言ってきた。


「俺と同じやり方で、本当に品川がやっていけるかどうか」

「え……」

「今日はバイト休みだし、ちょうどいい所に本屋もあるしな」


 そう言って菊池君が指差してきたのは、商店街で一軒だけある書店だった。店構えは大きくないどころかひどく小ぢんまりとしているけど、少ないながらもそれなりにいろんな問題集も取り扱っているから、私も何回か利用した事のある店だ。


「何か買うの?」


 私は財布の中身を確認しようと、まずは自転車を停めようとした。でも菊池君は首を横に緩く振って「買わない」と言った。


「ちょっと見るだけで充分だし」

「で、でも」

「それが俺のやり方なんだから、品川は従うしかないんじゃないか?」

 

 そう言って、菊池君は書店に向かって歩き出す。私は慌てて道の端に自転車を置くと、そのまま菊池君の後を追った。

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