第57話

「……今日は、いつまでついてくる気だよ?」


 放課後。自転車置き場から自転車を取ってきた私は、そのまま乗らずに商店街への道を歩いて進んでいく。ゆっくりと、でも決して離されないようにして自転車を押していく私の姿はやっぱり滑稽だったようで、何メートルか先を歩いていた菊池君はため息混じりにそう言いながら、振り返ってきた。


「私が納得いくまでよ」


 ちゃんとした答えを欲しがってるみたいだった菊池君に向かって、私ははっきりと言ってやる。別に怒ってるとか、そんなんじゃない。ただ、昼休みの時の彼のセリフが心底納得できてないだけだ。


「菊池君だけにしかできない勉強法なんて、そんなのあるはずないじゃない!」

「……」

「絶対コツがあるでしょ? それが本当に私に合っていないのか、ちゃんと見極めない限りは納得なんてできないわよ!」

「はぁ……」


 あっ。今、絶対「こいつ、しつけえ」みたいな事考えた。菊池君の顔いっぱいに呆れたような表情が乗っかってるし、面倒臭そうに頭まで掻いてる。何よ、その態度は。


「ちょっと! こっちは真剣に言ってるのに!」

「……それは分かってるよ。別にからかってる訳じゃないって」

「だったら!」

「また言い過ぎたってのも分かってる。悪かったよ。でも、本当にそうだから……」

「まだ言う気!?」


 自分でもかなりムキになってるって分かってる。かんしゃくを起こして、駄々をこねてる小さな子供と……もしかしたら、もみじちゃんとさほど変わらない真似をしてるかもしれない。でも、もう引っ込みどころを見失ってしまってた私は菊池君を逃がしてあげる気にはなれなかった。


 ギリッと奥歯を噛みしめながら菊池君をにらんでいると、彼はまた「はあ……」と深いため息をつき、私に背中を向けた。そして。


「……何でお前、そんなに勉強こだわんの?」


 なんて、聞いてきた。


「別に今のままでも、特に問題はないだろ? お前の成績だったら、いくらでもいい大学選び放題じゃんか」

「何それ、学年一位様の余裕あるアドバイスって奴?」

「いや、素直な感想だけど」


 菊池君が、さっきよりずいぶんと遅いペースで歩き出す。私も自転車を押しながら後をついていった。


「品川の勉強のやり方だって、別に何も間違ってる訳じゃない。だから、いつもあんなにいい成績取ってるんだし」

「菊池君のやり方と比べたら、いつも一歩及ばないわ。その一歩を知りたくて、埋めたくて、だから私は……!」

 

 そう、あと一歩が足りない。母が昔のように笑ってくれる日が来るまでの一歩が、父やあの人に二度と同情なんてされずに済むまでの一歩が、全然足りない……。


 それが悔しくて、また奥歯を噛みしめていたら、「そうじゃなくて、何でだって聞いてるだろ?」と、今度は少し怒っているかのような菊池君の声が聞こえてきた。

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