第56話

◇◇◇



『気持ち悪い』

『おい、やめろよ』

『何で知ってるんだよ、そんな事まで』

『もうお前、黙ってろよ!』


 弟は、その「特技」を最初はとても自慢に思っていた。それと同時に僕にも、お姉さんにも、あんな母親にも、そして周囲にいる全ての人々も皆、同じ「特技」を持っているものだと信じて疑っていなかった。


 だからこそ、弟はひどく傷付いた。そうではなかったのだと、初めて知った時に。そして何よりも、自分自身を責めた。こんな自分のせいで、母親は僕達兄弟を愛してくれないのだと。そんなふうに思っていたからこそ、施設に預けられて最初の頃は、同じ年頃の奴らからの暴言を甘んじて受けていた。


 中でも弟が一番傷付いたのは、『お前、まるでロボットみたいだな』という言葉だった。プログラミングされた言葉を、ただ無感動に延々と繰り返し話し続けるロボットみたいだと揶揄された時、弟は大粒の涙をこぼしてうつむいた。そして言ったんだ。「兄ちゃん、あいつの言う通りだよ……」と。


 そんな訳あるものか。ロボットだったら、言われた言葉に傷付いて涙を流すような事はない。傷付いたという自覚さえ持てない。


 僕は、何度だって弟に言ってやった。弟が一言一句はっきりと、僕の言葉を覚えてしまうように。


「お前はロボットなんかじゃない。お前は他の誰よりも、頭の使い方がちょっと特別なだけなんだ」

「ちょっと……? 本当に?」

「ああ。使いようによっては、お前のこれからの人生をどんどん広げていってくれるすごい才能なんだよ。兄ちゃんは嬉しいぞ、そんな奴が兄ちゃんの弟だなんて!」

「……」

「いいか? 今はただ口に出す事しかできないかもしれないけど、そのうちいろんな思いや気持ちがお前の言葉に乗っかっていって、たくさんの意味をもたらしてくれる。それができるよう、大きくなるまでに何度だって練習すればいいんだ」

「……」

「それでもつらくなる時はたまにあるかもしれないけど、その時は真っ先に兄ちゃんに全部話しちゃえ。その後は兄ちゃんと一緒に寝ちまえば、昨日よりもっと楽しい明日になるぞ。絶対!」

「……兄ちゃん」

「何だ?」

「僕、兄ちゃんと一緒に寝るの好き」

「何で?」

「そしたら、余計な事覚えたり言わなくていいから。安心して、兄ちゃんと一緒に寝られるから」


 神様、お尋ねしてもいいですか? どうして弟に、こんな才能を授けて下さったんですか? いつになったら、弟は自分の全てを受け入れる事ができるんでしょうか? 僕はこんな弟が不憫で、愛しくて、ひたすら大事で仕方ないんです。



◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る