第54話

この後、菊池君はクラスの皆からいわゆるヒーロー扱いを受けていた。


 まず、数学の授業が終わった途端、大半の男子達が眠っている菊池君の席の周りに集まり、「菊池、マジサンキュ!」「新藤の奴、顔真っ青だったよな~」「何かスカッとしたわ!」と口々に言ってきた。それらを菊池君は伏せていた顔をちらりと上げ、男子達を一瞥してから、


「うん、大した事ないから」


 と、さっきと同じく掠れた声で何度も答えていた。それに対して男子達も「謙遜するなよ~」とか好き勝手に言ってたけど、やがて菊池君が反応しなくなるくらい深く寝入ったと知ると、興奮が冷めたのかすぐに散り散りになっていった。


 むしろ、しつこかったのは女子の方だったのかもしれない。うちのクラスは女子の方が数学苦手な子が多くて、小テストと再試がセットになってるような子だっている。だから、普段は会話どころかろくにあいさつすらしない女子の何人かが、いそいそと菊池君の席に近付いてきた時はさすがにちょっと驚いた。


「菊池君、さっきはすごかったね」

「百点取ってくれてありがとう。私、今日は自信なかったから……て、いうか、いつもないんだけどさ」

「ねえねえ。どんな勉強してたら、いつも百点なんて奇跡できるの? よかったら教えてくれない?」


 だけど、何人かの女子が休み時間のたびに入れ代わり立ち代わりやってきて、しかも男子達よりも大きな声で騒ぐので、それを一番近くで聞かされている身としてはたまったものじゃない。昼休みになるとそれも一層ひどくなってきたから、自分で作ったお弁当を思って食堂に避難しようかと立ち上がった時、最後に聞こえてきた聞き捨てならない質問に思わず反応して振り返ってしまった。


 どんな勉強してたら、いつも百点なんて――。


 結局、今日の小テストでも私は二位だった。何とかうろ覚えだった問題ばかりが並んであったから助かったものの、それでもいつもより正解率は低かった。82点なんて、母は絶対に納得しないだろう。


 知りたい、と前より強く思ってしまった。この前みたいな、こそ泥同然の方法じゃなくって、実践している本人が話していたのをそっくりそのままやる事は、きっとそれほど卑怯な事ではないはずだ。


 教室を出ようとして立ち上がっていたはずの体を、誰がどう見ても不自然な形で座り直した私は、きっとかなり滑稽なんだろう。しかし、そんなみっともない自分の様よりも、菊池君の勉強法を知りたいという欲が圧倒的に比率が大きくなっていた私は、お弁当を広げるふりをしながら、じっと隣の席の会話に耳を傾けていた。


 すると。

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