第50話

今日は朝から気分が最悪だった。


 父との面会日の後は、母の機嫌がどことなく悪い事が多いから、昨日の私はただひたすら気を張っていた。夕飯の時なんかまるでお通夜みたいな空気になってしまってたから、私一人だけ大した事もない話題を持ち出してバカみたいにずっとしゃべり続けていたけれど、結局母はぴくりとも口元を緩めてくれなかった。


 そのせいか、昨夜はあまり眠れなかった。おかげさまで、心の中にもやがかかったみたいに気分が晴れなくて、頭だって重い。目もしょぼしょぼしてる。月曜日は、母の仕事のシフトが早出になってて助かった。こんな様子の私を見られたら、「予習したところ、ちゃんと頭に入ってるの?」なんて心配されてしまう。


 重苦しい体を無理矢理動かして、少し早めに学校に着いた。通学路の途中で何度も信号に引っかかったのもつらかったけど、校舎越しによく晴れた空から降り注いでくる太陽の光がちかちかと寝不足の目にまぶしい。


 ダメだ。早く教室に入って、太陽から逃れないと。いや、それより先に、まだぼんやりとしているこの頭を一度すっきりさせないと……。ここから一番近い流し場って、どこだったっけ……?


 そんな事を思いながら、自転車置き場の端の方に自転車を停めた時だった。


「青葉、おはよう!」


 部活棟の方から、軽やかな両足が自転車置き場に敷き詰められている大小様々な砂利を踏み付けてくる音が聞こえてきて、私は反射的に振り返る。するとそこには、朝練に勤しんでいたのか、髪が汗でしっとりと濡れている雫の姿があった。


「おはよう。朝練だったの……?」

「うん、さっき終わったところ。でも、朝からちょっと飛ばしすぎちゃった。一時間目、当てられるってのに」

「四組って、一時間目何だったっけ?」

「英語」

米津よねづ先生か、ヒアリング厳しいもんね」

「厳しいなんてもんじゃないわよ。私、目の敵にされてる感半端なくって! どうやってLとRを分けて言っていいか……」


 もう! と口を尖らせながら、雫が少し頬を膨らませる。そんな彼女の顔を見て、言葉を聞きながら、私は数日前の事を思い出した。





『私なんかより、青葉の方がもっとすごいよ? 青葉みたいに強くなりたいって思ってる』





 ああ、もしかして。そう思い至った私は、まだ何かつぶやいている雫を見ながら言った。

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