第49話

◇◇◇



 母と僕達兄弟のいびつな生活が周りに知られるきっかけになったのも、お姉さんのおかげだった。


 その日、僕は新聞配達のバイトがどうしても抜けられなくて、弟を児童公民館の工作イベントに行かせた。お姉さんも来るって知らなかったら、たぶん家に一人で留守番させてた。今思えば、イベントに行かせててよかったと心から思ってる。


 児童公民館への行き帰りやイベント内での付き添いをしっかりと頼んで、僕はバイトに向かった。お姉さんの力強い「任せといて!」っていう言葉が僕の背中を強く押してくれた。


 だから、もうすぐバイトが終わるって頃、新聞販売店に僕宛ての電話がかかってきた時は本当に驚いた。まさか、そんな事になるなんてと。


 僕が急いで家に帰ったら、そこはもうある意味、地獄絵図だった。玄関先で割れんばかりの大声で泣き喚く弟。いつも以上に荒れて散らかっている部屋の中。その片隅でだるそうに腰を下ろしながらタバコなんか吸ってる知らない若い男。そして、そんな男の人の視界の真ん中で、二~三人のお巡りさんが必死に止めているにもかかわらず、なおも取っ組み合おうとしている母とお姉さんの姿があった。


「……ああ、もう! 本当に信じらんないっ! あんた、それでも母親!?」


 お巡りさんに引き剥がされても、お姉さんは母への怒りが治まらない様子で叫び続けた。


「あの子達がどんなにさびしくて、つらい思いしてると思ってんの!? なのに、こんなのんきに男遊びなんかして!!」

「子供も産んだ事ない小娘が偉そうに言うんじゃないよ! 何!? 母親になったら、女を捨てなきゃいけない訳!? あり得ないわ!」


 母の訳の分からない反論に、部屋の片隅にいた若い男は「そうだそうだ、いい事言うじゃん!」と煽りを入れる。そんな男にお巡りさんの一人が「黙っていなさい」とたしなめていたけど、それよりもっと大きな声で弟は泣き喚いた。


「母ちゃん! 母ちゃん、これ嫌いだったの? だったらもっとカッコよくてきれいなのを作るから、お願いだから僕を、僕を~……!」


 弟の足元には、ぐしゃぐしゃに握り潰された花の形のペンダントが落ちていた。きっと、弟なりに母を飾り付けてあげようと、工作イベントで一生懸命作り上げた折り紙製の物なんだろう。それを母は、男との逢瀬を邪魔された腹いせか何かで、弟とお姉さんの目の前で――。


 僕はこの時、生まれて初めて母に怒りを……いや、殺意を覚えてたのかもしれない。だから。


「ふっざけんなぁ、このクソババア!!」


 他のお巡りさんに押さえられながら、まだ好き勝手な事を言っている母に向かって飛びかかっていった。その時の記憶はすっぽり抜け落ちているのだが、あれから何年経っても右手にあるこの感触は消えていない。生まれて初めて、母親を殴ったあの感触が、どうしても、消えないんだ――。



◇◇◇

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