第47話

「あの人のやり方に、もみじちゃんはついていけてないの?」


 私が尋ねてみれば、父はすぐさまこくりと頷いた。


「最初は母親に褒められる事が相当嬉しかったようで、もみじも頑張ってくれてたんだ。でも、いろいろとやる事が多いせいもあって、すぐに他の子に遅れを取るようになってしまってな……」

「まだ五歳だし、あんなに甘えん坊なんだから仕方ないんじゃないの?」

「俺は、もみじはそうであってもいいと常々言ってるんだが、あいつがどうしても納得しない。それで余計に厳しくしてしまって、もみじが泣いて嫌がる。最近はその繰り返しだ」

「私と会う時は、やたらご機嫌だけどね」

「それは、あいつがもみじに言ってるからなんだ。『ここで頑張らないと、青葉お姉ちゃんに会わせてあげないよ』とか何とか……」

「はあ……?」

「だからもみじは、嫌な事も必死で頑張ってるんだ。お前に、大好きなお姉ちゃんに会いたい一心で」


 な、分かるだろ? と最後にそのひと言を付け加えた後で、父は再び私の顔をじいっと見つめてきた。


 久しぶりに、沸き立つような怒りを覚えた。たぶんこれは、あの時以来だ。父が、私と母の前にあの人を連れてきたあの時の怒りと同じものだ。


 父も父だが、あの人も相当だ。あのしたたかさ、図々しさ、自分勝手さ、やっぱり何もかも変わっていない。物言いはずいぶんとまともになってきたけど、本質はきっと何も変わっていない。他者の気持ちをおもんばかるという事をまるで知らない、未熟な人間なんだ。


「……もみじちゃんを引き合いに出せば、私は断ったりできないからとか、あの人に言われた?」


 私がそう言うと、父はわずかだが肩を震わせた。本当に、我が親ながら分かりやすい人だ。


「確かにそう言われた事もあるが、父さんは少し違う。お前にもっと、もみじと触れ合ってほしいと思ってるんだ」


 必死に自分の言い分を言葉に変換しているようで、父は食い下がるようにして言ってきた。私がどれだけ呆れているか知りもしないで。


「もみじは本当に、青葉が好きなんだ。『どうして青葉お姉ちゃんと一緒に暮らせないの?』って、よく聞いてくるくらいで」

「お父さんとあの人がやらかした事を、もみじちゃんにそのまま伝えてあげたら解決するじゃない」

「それは将来、もみじが二十歳になった頃に話そうとは思ってる」

「まさかそれまで、今みたいな状況を続けていきたいとか言わないでね? さすがに迷惑だから」

「そんな事は考えてない。あいつだって言ってきてたろ? 青葉も、うちで一緒に暮らさないかって」

「謹んでお断りしたはずなんですけど」


 これ以上の会話は不毛だと感じた私は、もったいないとは思ったものの、食べかけのストロベリーパフェをそのままにして椅子から立ち上がる。私のその様に、父はさらに慌てた様子で「青葉、待ってくれ!」と叫ぶようにして言った。他のお客さんからの視線がとんでもなく痛かった。

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