第40話
「おいおい、かわいいお嬢ちゃん。彼氏の心配するのはいいけど、菊池は今仕事中だから痴話ゲンカは後にしてくれよ?」
「彼氏じゃないですよ、マスター」
どうやらおじさんはこのラーメン屋の店長さんらしいけど、こっちを向きながらチャーシューを切っていくのはやめてほしい。手元に全然気を配ってないふうだから、からかわれるのが嫌っていうより、見てるこっちが怖いという気持ちの方が大きい。それを察してくれたか分からないけど、菊池君が丼を洗いながら諫めてくれた。
「同じクラスの女子で、頭もすごくいいんです。マスターの邪推なんて軽く論破されますよ」
「おっとと、それはいけねえ。なら、中卒の俺じゃ太刀打ちできねえわな」
あっはっは……と、ひとしきり笑ってから、店長さんはやっと自分の手元に視線を落としてくれた。それにほっとした時だった。
「すみません、注文お願いしま~す」
どうやら私より先にお店に入っていた一人のお客さんが、店の奥のテーブル席から声をかけてきた。菊池君が言った通り、入り口の横に食券機があったのに、三十代のサラリーマン風のその人は何も持っていない右手をぶんぶんと振っていた。そして。
「チャーシューメン大盛りのバリカタ、ネギ多めのメンマ抜き、それからチャーシューは四枚追加。半チャーハンもネギ多めの玉ねぎ抜きで、レベル3のパラパラ仕上がりで。ああ、そうそう。添え付けの福神漬けは気持ち多めで。餃子も六個欲しいな、後はビール!」
……何、この人。店長さんがメモを取る間もないくらい早口で一気にまくし立てた挙げ句、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。どうせ仕事か何かでストレス抱えてるんだろうけど、だからってそれを関係ない所と人で発散させるとか、何て非常識な大人なんだろう。店長さんだって文句どころか、「すみません、もう一回いいですか?」なんて言いにくいだろうから、困ったように頬を掻いてるし。
「あの……!」
さすがに見かねて、嫌らしい笑みを浮かべたままのサラリーマンに何か言ってやろうとした。すると。
「……チャーシューメン大盛りのバリカタ、ネギ多めのメンマ抜き、チャーシュー四枚追加。半チャーハン、ネギ多めの玉ねぎ抜きでレベル3。添え付けの福神漬けは気持ち多め。餃子は六個、ビールは一本でいいですか?」
ずっと背中を向けたまま、丼を洗い続けている菊池君の口からすらすらと同じ注文が復唱される。まるで四時間目の時の再現みたいだ。
そして、それを聞いた途端、サラリーマンは悔しそうに額を押さえながら「また負けた~!」と言い出した。
「何だよ、そのバイトの子! 記憶力良すぎ! 今日こそ勝てると思ったのに!」
「あっはは、残念だったね兄ちゃん。注文した分は、しっかり食べてってくれよ?」
「くぅ~、給料日前なのに~!」
きっと、本当はそれほど大食漢って訳でもなければ、使えるお小遣いにさほどの余裕がある訳でもないんだろう。困った顔を浮かべながら、壁に貼られているメニューの金額をちらちらと見ているサラリーマンの姿を、店長さんは愉快そうに笑いながら眺めていた。
「品川」
私も店長さんと一緒にそんなサラリーマンを見ていたんだけど、そこへ丼洗いを済ませた菊池君が話しかけてきた。
「今なら、杏仁豆腐にマンゴーソースがサービスで付くんだけど……どうする?」
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