第38話

放課後。私はさっさと教室から出て行ってしまった菊池君の後を、こっそりつけていく事にした。


 塾のない日はすぐ家に帰って勉強をするようにと母に言われていたけれど、『先生に分からない所があるから質問していくし、その後は図書室で予習してくる』とLINEを送ったら、『七時までには必ず帰ってきなさい』という返事がきた。


 スマホ越しに交わす母とのやり取りは、いつも緊張する。塾以外で帰りが遅くなっていると、『どうして帰ってこないの!?』『もう帰ってこないつもりなの!?』『まさか、あのろくでなしの所にいるんじゃないでしょうね!?』『それとも、あの女にそそのかされてるの!?』といったメッセージを何十件と送ってくるし、着信に至ってはその倍以上だ。顔が見えない分、絵文字もスタンプも使わない母のメッセージには何だかすさまじい力が宿っていた。


 でも、今日のこのメッセージを見る限りでは、ほんのちょっとだけ安心できた。きっと仕事でいい事でもあったんだろう。さして咎める様子のないメッセージにほっとした私は、そのまま商店街の方へと向かっていく菊池君を引き続きつけていった。






 商店街といっても、さほど大きな町でもないこのあたりでは、夕方といっていい時間帯に差しかかっても出向いてくる人の数はまだ少ない。お酒を扱っているお店も全体の三割以下といったところだし、少し離れた所に大きなスーパーもできたから当然なのかもしれない。

 

 そんな状況を見越しての事かどうかは分からないけど、この商店街には学生をターゲットにした飲食店や塾の数が多い。ワークショップもそれなりの数あるから、忙しく出前を運んでいくラーメン屋の店員の姿を見かける事だってよくある。この辺にあったのは、ささき児童学習塾と三船ゼミナールじゃなかったっけ。確かどっちも高校生まで教えていたはず……。


 私は、例の紙片を取り出そうと学生カバンに目を落とした。菊池君の成績と要領の良さで塾一番の実力者じゃないなんて納得はいかないけれど、もしかしたら二番目か三番目くらいだったのなら、名前が書かれてなくても不思議じゃなかったかも……なんて思っていたのが、間違いだった。


「え……?」


 学生カバンから紙片を取り出し、再び顔を前方へと向けた時には、もう菊池君の背中は見えなくなっていた。さほど引き離されていた訳でもなく、人手が多くなってきた訳でもない。目の前に広がる商店街のアーケードの中はたくさんの電灯でとても明るく、他に脇道なんてないのに――。

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