第37話

◇◇◇



 僕達兄弟が母と別れる事が決まった、その日の夜。弟が僕に言った。


「兄ちゃん。母ちゃんは僕が嫌いになったから、もう一緒に暮らせなくなったの?」


 そう言った時の、弟の絶望した顔が今でも忘れられない。幼いながら、弟は母のやってきた事を理解していた。でも、それでも弟は、ずっと願っていたんだ。母に、あんな母親からでも愛されたいと、ずっと。


「僕がこんなんだから、母ちゃんは僕が嫌いになったの……?」


 あの時、弟の目の前にいたのは僕だけじゃない。児童相談所の係員も、僕の担任も、いつも僕達を気にかけてくれていた近所に住むお姉さんも、皆いたっていうのに。弟は人目もはばからず、大粒の涙を幾筋も流した。


「僕が何も言わなければ、母ちゃんは今も一緒にいてくれたの……?」

「違う。それだけは、絶対に違うからね」


 僕が真っ先に否定の言葉をかけて、弟を慰めてやらなきゃいけなかったのに。体が硬直して動けなくなってしまっていた僕に真っ先に気付いたお姉さんが、僕の代わりに弟をぎゅうっと強く抱きしめてくれた。


「君達は、何にも悪くない」


 震える腕で弟を抱きしめてくれていたお姉さんも、泣いていた。


「ごめんね。きっと将来、君は私を恨むよね。余計なおせっかいをしたって、ずっと忘れられないよね。何回だって、怒りに来るよね」

「……」

「忘れないから、私も今日の事。絶対、一生忘れない。君だけを苦しませたりしないから」

「……」

「ごめんね。本当に、ごめんね」


 弟はお姉さんの言葉に何も反応せず、ただずっと泣いてばかりいた。そして、永遠に忘れられないだろう。この日に抱いた、全ての感情を。


 僕も、忘れたくない。忘れちゃいけないと思った。でも、僕は弟と違って、そのすべが足りない。

 

 だから、ここに書き記し、残す事にしたんだ。弟にとってたった一人の家族となってしまった兄として、そしてHiroとして――。



◇◇◇

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