第31話

「何がって……私、菊池君の机の中を勝手に漁ってんだよ!?」

「うん、そうだな」


 菊池君がこくんと頷く。いや、眠くて舟をこいだだけだったのかもしれないけれど。


「……で、寝るのに邪魔だから、俺が片付けた。それで終わりだよな?」

「終わりって、他に何も思わないの!?」

「何を?」

「た、例えば……」


 今頃になって、自分の卑劣さとかみっともなさに気が付いて、私は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。情けないあまり、声も唇も震えてきたし、両目にもうっすらと涙が浮かんでくる。だけど、今の私にそんな資格がないのも充分に分かっていたから、何とかそれらをぐっと堪えて話を続けた。


「わ、私が……」

「品川が?」

「ど、ど、泥棒、しようとした、とか……」

「何で?」


 右手でだるそうに両目をゴシゴシとこすりながら、菊池君がとても不思議そうに尋ねてきた。


「何で品川が、俺の机から何かを盗むって?」

「……」

「見ての通り、教科書とノートしかないんだけど? お前が持ってるもんと全部一緒だぞ?」

「……」

「おまけに、俺のはあんまり使ってないしな」

「それは、見て何となく分かったんだけど……」

「まさか、俺の教科書やノートにビンテージ物の何かがあったってオチじゃないだろ?」

「……」

「だったら、もういいって。特に何もないんだったら」


 じゃあな、と言って、菊池君がまた机に突っ伏そうとした。


 ここで終わりにすればよかったのに。今の……て、いうか、菊池君はいつも眠気に支配されてて、物事を深く捉えて会話ができない節があるんだから、ここで話を終わりにしておけば、もしかしたら今の事をうやむやにする事ができたかもしれないし、いつかまた菊池君の勉強法を探るチャンスが訪れていたかもしれない。そうしたら、今度こそお母さんに認めてもらえる自分になれたかもしれないのに……。


 それなのに。ああ、私のバカ。


「な、何もなくなんかないってば!」


 さっきの菊池君の足音なんか目じゃないくらいの音量で、私は教室中に声を張り上げる。すぐ間近でそれをされてはさすがに目が覚めたのか、菊池君はがばりと飛び跳ねるように上半身を起こして、何かとんでもないものを見ているかのような表情をこっちに向けてきた。


「し、品川……?」


 もしかしたら、眠気が混じっていない菊池君のはっきりした声色を聞くのは初めてかもしれない。それにちょっとしか感慨めいたものを覚えたけれど、どっぷりと浸る気にもなれなかった私は口早に、でもずいぶん言葉足らずに言ってのけた。

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