第28話
◇◇◇
母が僕達兄弟の元に帰ってくる時のパターンは、だいたい決まっていた。
まずパターンその①、その時期に付き合っていた彼氏とケンカをしたか別れてしまった時。そういう時の母は弟以上の甘えん坊になって、僕達にぎゅうっと抱きついてきた。
「やっぱり母ちゃんには、あんた達しかいないわ~! あんた達は、絶対に母ちゃんを裏切ったりしないもの~!」
シラフでそう言っていたのか、それとも酔っ払ったはずみでそんな心にもなかった事を口走っていたのか、今となってはもう分からない。でも、どっちにしても、弟は母のそんな言葉を毎回真に受けては感動していた。そして「僕が母ちゃんを守ってあげるからね!」と子供なりに励ましていたんだ。
次にパターンその②、家賃が何ヵ月分か滞って、大家さんから再三に渡る呼び出しにようやく応じた時。こればっかりは子供だった僕達にはどうしようもないから、母はしぶしぶといった感じで戻ってきては、棒読みで大家さんに謝っていた。
「あんた達は本当にいい子よね~。母ちゃんがどこにいるか、大家にチクったりしないもの。母ちゃんを裏切らない子に育ってくれてありがとう~」
大家さんが帰った後、母はにやにやと笑いいながらそう言って、また僕達にぎゅうっと抱きついてくる。そんな言葉も弟は真に受けて、「大きくなったらいっぱいお金稼いで、母ちゃんにあげるからね!」と子供なりに誓っていた。
そしてこれが最悪の、パターンその③。付き合っている男を、僕達に紹介したくなった時だった。
「ねえ二人とも、お父さん欲しいでしょ? この人がお父さんになってくれるってさ~」
覚えてる限りでも、五人は紹介されたと思う。でも、誰もが戸籍上の父親にはなってくれなかった。そして、誰もが僕達三人の目の前からいなくなるたびに、母は僕と弟をこれでもかってくらいに責め立てた。
「何でよ、何でよバカ! 何で母ちゃんの言う通り、いい子でいてくれないの!? 何で母ちゃんを裏切ったりするのよ、このバカ~!!」
赤ん坊のように泣き喚き、僕達をけなし続ける母を見て、さすがに弟は何も言わなくなった。そのかわりとでも言うように、僕が作ったお粗末な物語の中に逃げ込むようになっていった。
最初はそれでいいと思ってた。弟の心の拠り所が作れるのなら。弟がこれ以上ひどい母親の姿を見ずに済むのなら、僕はいくらだって物語を書いてやる。本当に、ただそれだけの為の手段でしかなかったんだ。
まさか、こんな事になるなんて、夢にも思っていなかった――。
◇◇◇
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