第25話
「……それじゃあ、小テスト返すぞ」
十五分後、素早く採点を終わらせた新藤先生が答案の束を手にしながらそう言った。もう口元のひくひくは治まっていたけど、何だか悔しそうな表情は森岡先生に似ているなと思った。
「小田、
やっぱり小田君が最初に呼ばれたなあとか、安藤さんがこの順番で呼ばれるなんて珍しいなあと思いながら、私も呼ばれる時を待つ。あの最後の一問以外は全部欄を埋められたから、たぶん大丈夫だとは思うんだけど……。後から呼ばれる方が断然いいはずなのに、私は逆にさっさと名前を呼んでほしいと思ってしまった。
それなのに。ああ、まただ。
「品川、菊池……よし、以上だな。ちなみに、今回も満点は菊池だけだ」
最後から二番目に呼ばれて、自分の席から立ち上がる。でも答案を見る前に、またテストの結果を知る事となってしまった。
……嘘でしょ、何で? 私の中で、さっきとは質の違うそれがぐるぐると回る。名前を呼ばれた菊池君が重そうな腰を上げながら、のろのろと席から立ち上がるのが見えた。
「どうした、品川? 早く取りに来い」
教壇に立つ新藤先生が、私の方を見ている。私が答案を受け取らなきゃ、一番最後の菊池君だって受け取る事ができない。私は慌てて教室の中を駆け足で進み、新藤先生が差し出してきた両手の中の答案を受け取った。
うん、やっぱりだ。空欄となっている最後の一問に忌々しいほどに大きなレ点がある。ここさえ、ここの解き方さえ思い出していれば百点満点だったのに。菊池君と同じだったのに。
「……ども」
むにゃむにゃと寝ぼけ眼でつぶやくように言っている声が聞こえる。思わず後ろを振り返ってみれば、口惜しそうに差し出している新藤先生の手から答案を受け取っている菊池君がいた。
「開始早々十分で寝こけるとは、そんなに今日のテストも簡単だったか、菊池?」
新藤先生が声を震わせながら言ってくる。それに自分の席に戻ろうとしていた菊池君がぴたりと足を止め、不思議そうに言葉を返した。
「教科書をしっかり見てれば、簡単なんですよね? 新藤先生がそう言ってたのに……」
特大ブーメランをまともに受けた新藤先生は、次の句が出てこずに真っ赤な顔になる。それを見てどこかすっきりしたのか、クラスの皆がくすくすと笑い声を漏らしていた。
私は、笑えなかった。この答案を見て、母がまた何を言ってくるか分からないという事もあったけど、菊池君の今の言葉に納得がいかなかったからだ。
菊池君が教科書を開いているところなんて、見た事ない。それなのに、彼はしっかり見てれば簡単だなんてあっさりと言ってのけた。
何か、方法があるんだ。私も、クラスの皆も、先生達だって知らないような特別な勉強の方法が。
そう思ったとたん、私の両手に力が入ってしまい、持っていた答案がぐしゃりと音を立ててシワまみれになった。
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