第24話

次の日は、週に一度行われる数学の小テストの日だった。


 新藤先生は、もしかしたらちょっと意地の悪い性格なのかもしれない。毎週この時間になると必ずにやりとした笑みを浮かべ、「さあ、教科書とノートをしまおう!」と声を張り上げる。それが小テスト開始の合図だ。


 範囲は「この一週間でやったところ全部だ!」なんてぼかすし、「教科書をしっかり見ながら授業に取り組んでいれば、平均点以上取るなんて簡単な事だろ~?」なんてプレッシャーかけてくるし、実際平均点を取れなかった生徒は放課後に数学準備室へと呼び出されて、再試の刑へと処される。そして何より一番厄介なのは、すぐさま採点して点数の低い順にテストを返却してくるところだった。


 忙しい仕事の合間を縫って、毎週きちんと小テストを作り上げてくる気概や、それらを授業時間内に素早く採点する新藤先生の正確さはものすごいと思う。そのせいで私達生徒を困らせるちょっとした意地の悪さはあるかもしれないが、それ以上に数学や教育への情熱は計り知れないほど持ってる人なんだろう。


 でも、今日だけは勘弁してほしいと思った。小テストに向かってる私の頭が、いつもと同じように働いてくれなかったからだ。


 原因は分かってる。絶対に、あの人のせいだ。昨日の、あの人との会話がいつまでも私の中でくすぶって、家に帰ってもイライラが治まらなかったせいで、小テストがあるって分かっているのに予習も復習も思ったよりうまくはかどらなかった。そのおかげで、最後の一問の解き方がすっぽ抜けてしまっていて分からない。どうしよう。昨日気になってたところだったから、しっかり覚えようと思っていたはずなのに。


 小テスト終了まで三分を切ったっていうのに、右手の中のシャーペンをずっと動かす事ができない。教室の中では、皆が答えをどんどん書き込んでいく独特の音がずっと鳴り続けているっていうのに……。どうしよう、どうしようって五文字ばかりが頭の中を占め始めようとしてた時だった。


「ぐぅ~……」


 ……嘘でしょ、何で? 私は両目だけを横に動かして、隣の席をちらりと見る。そこには相変わらず寝こけている菊池君の姿があった。


 今日の居眠りスタイルは、とても分かりやすい突っ伏し型ってところだろうか。シャーペンも消しゴムも机の上に放り出し、小テストの答案を覆い隠すような格好で菊池君は小さないびきをかいている。小テストに集中している皆は全然気付いていないみたいだったけど、私の他にそのいびきを聞き付けた新藤先生の口元は、またいつものようにぴくぴくとひくついていた。

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