第23話

「私は、もみじちゃんの姉ですが?」

「確かにそうだけど、私が言いたいのは」

「この前も匂わせ程度に言ったつもりでしたけど、もしかして通じてませんでしたか? でしたら、もう直接言いますけど」

「それは……」


 あの人が、またもみじちゃんをちらりと見る。もみじちゃんは相変わらず、私達の会話なんて全く耳に入らないほどストロベリーパフェに夢中だ。そういえば、この前も買ってもらった新しい絵本をずっと読んでて、私達の話を全然聞いてなかったっけ。側には置いておくくせに、当事者であるもみじちゃんには何も聞かせないし言わせない。本当に、何てズルい女なんだろう。


「だったら、この話題を出すのはやめて下さい」


 もう何度目になるのかも分からなくなってしまったんだからと、私はきっぱり言い放った。


「何度言われても、私の意思は変わりませんから」

「どうして? 私には分からないわ」


 あの人が、心底分からないとばかりに首をかしげる。ああ、ダメだ。この人は菊池君以上に、私をイラつかせる才能を持っている。ある意味、尊敬に値するかもしれない。どうして、そう何度も「分からない」と言う事ができるんだろう。


「だって、今の環境は青葉ちゃんにいいものだとはとても思えない」


 あの人も自分の分のアイスコーヒーのグラスから手を離して、私をじっと見つめてきた。その表情は傍目から見たら、私の事をとても心配しているふうに映るかもしれないだろうけど、私はちゃんと理解している。目の前にいるこの女は、そんな自分に酔いしれている事。そして、それに全く気付いていないという事を。


「失礼だとは思うけど、青葉ちゃんはお母さんと一緒に暮らさない方がいいわ。そのせいで、今とても大変なんでしょ?」


 彼女が、分かったような事を言う。どうせ、父からちょっと聞きかじっただけのくせに。その父だって、仕事だ何だと言って理由をつけて姿を見せないんだから、二人ともタチが悪くて困りものだ。


 私が何も言ってこないのを肯定だとでも捉えたのか、あの人の言葉は止まる事なく続いた。


「今、あの状態のお母さんと一緒に暮らしているのは、青葉ちゃんには負担でしかないと思うの。大好きな陸上だって辞めさせられて、ずっと勉強漬けなんでしょ?」

「……」

「お願いだから、うちに来てちょうだい? うちの子になってくれれば、彼がまた陸上をやらせてくれると思うわ。それにもみじだって、今以上にきっと喜んで」

「謹んでお断りします」


 私は学生カバンの中から自分のアイスコーヒー代ぴったりのお金を取り出すと、それを机の上に叩き付けるようにして置いた。そして素早く立ち上がり、あの人を上から思いきり見下ろすと、


「あなたをお母さんと呼ぶくらいなら、母に何もかも管理されている今を選びます」

「あ、青葉ちゃん……」

「安心して下さい。母にバレないうちは、こうやって定期的にもみじちゃんに会いますから」


 それじゃあ、とあの人に背中を向けて、喫茶店の出入り口に向かう。そんな私に、もみじちゃんの声が追いかけてきた。


「青葉お姉ちゃん、もう帰るの?」

「……うん、ごめんね。用事できちゃった」


 振り返りもせずに答える。子供相手に、我ながら冷たいな。もみじちゃんには何の罪もないのに。


「そっかぁ……じゃあ、また遊んでねっ」


 少し残念そうに、でもまた私と会えるという事を微塵も疑っていないもみじちゃんの純粋な声色に涙が出そうになる。声を出したらそれを知られてしまいそうで、私は急いで喫茶店を後にした。そんな姿を、一番見られたくない人に見られてたなんて事に気付かずに……。

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