第二章

第22話

「……ごめんなさいね。今日は彼、どうしてもお仕事から抜けられないって」


 公園から少し離れた喫茶店に入り、注文していたアイスコーヒーが届くとすぐに、あの人はそう言って軽く頭を下げてきた。


 「いいえ」と返した後で、私はあの人の隣に座っているもみじちゃんに目を向ける。もみじちゃんはかわいらしい見た目のストロベリーパフェにきらきらと目を輝かせつつ、小さな両手を合わせながら「いただきます♪」とあいさつをしてから食べ始めていた。 


 五歳にしては、とても上手に柄の長いスプーンを扱えていると思う。きっと、父と彼女のしっかりとしたしつけの賜物たまものなんだろう。かつて私も、そんなふうに父に優しくていねいに教えてもらっていたから。


「別に大丈夫ですから」


 私はそう言ってから、目の前のアイスコーヒーをひと口飲む。ミルクもガムシロップも入れなかったから、少しほろ苦い。そのおかげで、自分の中の甘ったるい気持ちを抑える事ができた。


「父も来たところで、何かが特別変わる事はありませんし」

「そう、かしら?」

「ええ。いつもそうじゃないですか、お互いの近況報告をして解散。それ以外に何かした事ないでしょ?」

「ううん。今日はね、彼の都合さえ悪くなければ、青葉ちゃんを夕飯に誘うつもりだったの」

「え?」

「それで、いろいろとお話もしたかったんだけど」


 またか、と思った。ここ最近の彼女は、あの手この手で私を懐柔かいじゅうしようと企んでいる。この前会った時なんて「よかったら、これ。何か好きな物でも買って」と言いながら、三万円の入った茶封筒を手渡そうとしてきた。結局、受け取りはしなかったけど。


「話って……」

「ええ」


 あの人も、自分の分のアイスコーヒーに口をつける。ミルクもガムシロップもたっぷり入れていたから、とても明るい茶色になっていた。


「そろそろ、真剣に考えてほしいなって思ってるの。その……この子の本当のお姉ちゃんになってほしいって」


 そう言って、あの人は夢中になってストロベリーパフェをパクパク食べているもみじちゃんにちらりと目を向けた。


 本当に、無神経な女だと思う。いったい誰のせいで、今こんな状況になっているとでも? しかも、自分の娘をさらなる状況の好転への駒に利用して、私にイエスと言わせようとしている。そういうところが私の神経を逆撫でさせているんだと、どうして気が付いてくれないんだろう。


「本当のお姉ちゃんも、何も」


 私はアイスコーヒーのグラスに添えていた右手を机の下に引っ込めながら、言った。

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