第18話

◇◇◇



 頑張ろう、頑張ろう。頑張らなくちゃいけないんだって、まるで呪文みたいに心の中で唱え続けていた。


 弟がどんなに求めてぐずっても、母親は帰ってこない。とうとう電話にだって出てくれなくなった。僕のスマホを握りしめ、無機質な不通音を耳にするたびに、弟は絶望していた。


 そんな弟の、最後の希望にならなくちゃいけないって思ってたんだ。もう弟には、僕しかいないのだから。僕だけしか、寄り添える人間はいなくなってしまったのだから。


 だけど、それは必ずしも絶対じゃなかった。と言うより、半分間違いだった。


 一度だけ、たった一度だけど、眠っている弟の横で泣いてしまった事がある。つらくて、悲しくて、どうしようもなく苦しくて……。


 声を出さずに、ボロボロになった毛布を口に咥えて涙だけを流してた。朝になったら、いつもの頼りがいのある兄ちゃんに戻るつもりで。だから、今だけはって思いながら。


 そんな姿を目を覚ました弟に見られた。弟は、生まれて初めて見る兄ちゃんの涙にひどく困惑してたみたいで、何秒間か固まってしまっていた。


 僕も、どうしていいか分からなかった。目にゴミが入っただけだよとか、そんな簡単な嘘をつく事もできずに、ただ泣いているところを見られた事が情けなくて恥ずかしかった。なのに、弟はそんな兄ちゃんをからかう事も、もらい泣きをする事もなく、その小さな手を僕の頭に持ってきて、ゆっくりと撫でてきた。


「大丈夫、兄ちゃん。僕も頑張るよ」

「兄ちゃんの大変なの、僕もお手伝いするからね」

「とりあえず今は、僕が兄ちゃんの兄ちゃんね」


 弟の、最後の希望にならなくちゃいけないって思ってた。弟には、僕しかいないのだからって。でも、それはあくまで僕の視点からだけの話だ。弟にとっても、僕はそういう存在だって事に気付くのに、こんなに時間がかかってしまった。


 年は離れているけれど、僕と弟は対等な関係なんだ。だからこそ、僕はHiroになれたのだから――。



◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る