第16話
今日の三時間目、現代文の
確か新婚三ヵ月目だったと思うけど、もしかしたら奥さんとケンカでもしたんだろうか。さっきから授業を進める声にいらだちが混じっているし、いつもだったら滑らかに黒板を滑らせているチョークの音も、今日はひどくカンカンと響き渡ってどんどん短くなっていく。これはまさに触らぬ神に祟りなしといった感じだし、クラスの皆も何となくそれを察しているようだから、逆鱗に触れないように今日は質問とかはしないでおこうと思ったら。
「……ぐぅ~……」
隣の席から聞こえてくる、盛大ないびきの音。きっとこれに驚いたのは、私だけじゃないと思う。
大げさじゃなく、勢いつけて隣の席を振り返ってみれば、そこで菊池君は一週間前の数学の授業と全く同じ格好で堂々と寝ていた。
「ぐぅぅ、こぉ~……」
口を大きくぽかんと開けて、がっつりと深い眠りに落ちている菊池君の姿に、私は注意した上で起こしてあげようという気にすらなれない。それくらい眠っている菊池君の姿は私にとってデフォルトのようなものになっていたし、他の皆も似たようなものを感じていたと思う。でも、ご機嫌斜めの森岡先生には通用しなかった。
「……こらぁ! 起きなさい、菊池ぃ!!」
黒板に突き立てていた白いチョークがボキリと折れた音がしたと同時に、森岡先生がこっちを振り返ってくる。想像した通り、かなりいらだった顔をしていた。
そんな森岡先生の怒号はさすがに脳内に届いたのか、菊池君が「……ふぁ?」とずいぶんまぬけな音を口から出しながら、ゆっくりそのまぶたを開ける。そしてぼんやりとした表情を乗せた顔を黒板の方へと向けた。
「何れすか……」
「何ですか、じゃない!」
寝起きのせいか、うまく呂律が回っていない菊池君に、森岡先生の怒号がさらに大きくなった。
「毎日毎日、いい加減にしなさい! 俺の授業はそんなにつまらないのか!? ええ!?」
「……」
「テストだけいい点数取ってればいいもんじゃないぞ! 皆みたいに真面目に誠実な態度で授業に臨む事も大事な事なんだ! それを……」
「先生の授業を、つまらないと思った事はないです」
あ、珍しい。こんなに長く誰かと会話している菊池君を見るのは、もしかして初めてかも……。
珍しいついでに、じっと観察するみたいに菊池君を見る。ちょっと低いけど、耳ざわりと通りのいい声を発する菊池君は教壇の上の森岡先生の方を向いていたから、私の視線になんて全く気が付かない。だからこそなんだろうか、彼はさらに森岡先生の逆鱗に触れるような事を何の迷いもなく口に出してしまった。
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