第15話

菊池君へのあいさつを後悔したのは、彼に毎回テストで学年一位を取られて妬んでるからだけじゃない。ただ単純に、全く親しくないからだ。


 一年の時からずっと同じクラスだし、初めてだけどこうして隣の席になって二ヵ月は経ったが、ほぼ全くと言っていいほど会話をした事がない。そりゃあ、周りからすれば学年一位と二位が隣り合った席に座って、毎日毎日お互いをライバル視して切磋琢磨し合ってるふうに見えなくもないかもしれないけど、少なくとも私はそんなものを感じた事は一度もない。その原因は、どう軽く見積もっても菊池君にあると思う。


 菊池君は、とにかくよく寝る。うちの高校はそれなりに生活態度も充分に重んじて指導するから、羽目を外すほどの校則違反をする生徒は少数派で、基本的に真面目な子の方が多い。そんな中、朝のホームルームから放課後まで、日がな一日中ぐうすかと眠っている菊池君の姿は本当によく目立った。


 その居眠りスタイルだって、日によってまちまちだ。この前みたいに頬杖をついた格好は寝ているだなんてなかなか気付かれないから、授業中に先生達から注意を受ける事も少ない。だけど、一週間前の数学の授業の時はさすがに驚いた。見事なくらい椅子に背中を預けた天井を仰ぐような格好で大いびきをかいてたものだから、数学担当の新藤しんどう先生の口元がどれだけひくついていた事か……。


 そんなふうだから、私は菊池君が授業中にノートを取っている事はおろか、教科書を開いているところを見た事がない。ただひたすら、眠っている姿ばかり。それなのに、菊池君はどんなテストでも必ず毎回学年一位の座を取っていくものだから、先生達は悔しそうに閉口せざるを得ない。そして、私も――。


「ん……」


 今日は本当にいい天気で、窓から暖かい日の光がよく射し込んできている。それがまぶしくてかなわないのか、菊池君は煩わしそうに顔をしかめながら私の隣の席に座る。そしてさほど分厚くない学生カバンを机の横の取っ手に引っ掛けると、数秒と経たないうちに机の上へと突っ伏した。


 日の光を少しでも遮りたいのか、机の上に置いた両腕を輪の形にして、その中心に顔を突っ込む菊池君。やがて、その顔と両腕の間にできたわずかなすき間から、すうすうと心地よさげな寝息が聞こえてきて、私は思わずため息をついた。


 眠いのは、私も一緒なのに。昨夜だって、いったい何時まで起きて塾の課題をやってたと思うの? 今朝も、どれだけ母からいろいろとやかましく言われながら送り出されたと思ってるの!? 全部全部、菊池君がいるせいなのに……!


 相変わらず、菊池君が妬ましい。菊池君さえいなければって、また思ってしまう。朝からそんな醜い気持ちになって自己嫌悪に陥ってしまいそうだったが、そうなる前に教室の中を予鈴のチャイムが鳴り響いてくれた。


 次にHiroの作品に目を通せるのは、昼休みだ。週に数回のペース、しかも決まって昼時に新しいページを更新してくれるから、ワクワクと高鳴る気持ちがさっきまでの醜い気持ちを抑えつけてくれる。私は改めてHiroに感謝しながら、スマホの液晶画面から色を落とした。

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