第13話

◇◇◇



「……兄ちゃん、行ってらっしゃい!」


 この頃の僕にとって、一番つらくて一番ほっとできていた時間は朝。弟を保育園に預ける時だった。


 母は帰ってこない代わりに、毎月15日には十万円足らずのお金を僕の貯金口座に振り込んでいた。そこから家賃やその他もろもろを支払えば、食費なんて二万円あるかないか。それで一ヵ月、兄弟二人で食べていかなくちゃいけないんだからたまらない。勘弁してほしいと何度思ったか知れなかった。


 僕はまだいい。毎日僕の分の朝食を抜けば、その分お金は浮くし、昼食はコンビニで百円のおにぎりかパン一個あれば事足りる。水をがぶ飲みすれば空腹もごまかせた。

 

 でも、弟はそうはいかない。標準より痩せっぽちの弟には健全に育ってほしくて、少ないお金をやりくりしては何とか食べさせていた。毎朝午前六時前に起きて、半額で買った惣菜サラダや小さな焼き魚を用意する。もっと、もうちょっと寝ていたかったけど、頑張って起きていた。弟に好き嫌いがなかった事が救いだ。


 そうやって朝食を済ませて、弟を保育園へと送り出す。保育園の門の前に立つ時が、結構つらい。他の子供の保護者からのじろじろといった視線がたまらなかったから。


「今日もよろしくお願いします」

「ええ」


 僕達の事情を知っている先生からの視線もつらかった。「毎日大変ね」「今日もお昼やおやつはしっかり食べさせるから安心してね」とかいった無言の気遣いも心苦しい。僕の無力さを痛感させられる瞬間だ。


 だけど、そんな事など露と知らない弟は、いつも満面の笑みで門の前から立ち去ろうとする僕に向かって手を振ってくれる。そして元気いっぱいの「兄ちゃん、行ってらっしゃい!」が、どんなに僕をほっとさせるかも知らないんだ。


 かわいい、僕のたった一人の弟よ。


 お前がいつもそうしてくれてたから、僕は今日もお前と一緒に頑張ろうって思えたんだよ。お前はいつだって、兄ちゃんの元気の源だったんだ。



◇◇◇

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