第12話

特に一番そう感じるのは、やっぱりHiroの最初の作品である私小説。タイトルも『ブラザーズ』ととんでもなく単純なものだけど、それだけ自分と弟の体験談をリアルに、そして分かりやすく表現できていたから、夢中になるのにそう時間はかからなかった。


 そして何より、Hiroをとても強い人だと思った。


 私小説の中で、Hiroとその弟にはとても十代のうちから体験していいはずのない様々な困難が立ち塞がる。兄弟だけで解決できる事もあれば、誰かに助けを求める事でチャンスに恵まれたりと、忙しいくらいにいろいろあったようだけど、その中でも自分達兄弟を放置し続けている母親との最後の対面シーンはひどく心を打たれた。




◇◇◇


『あなたの人生と僕達の人生は、データなんかじゃない。まっすぐ前を向いて寄り添う事はあっても、ぐちゃぐちゃに混ざりあったりできるはずないし、何よりパソコンやスマホみたいに同期できるものじゃないんだ』


◇◇◇ 




 私もこんなふうに言えたらと、何度思った事だろう。


 父と別れた後、以前にも増して母からの圧は強くなった。別れる直前までずっと父に向けていた期待とか執着ぶりなどを、全て私にやらせて、押し付けた。その苦しさが限界を迎える前にHiroの作品を読む事は何よりも心の支えになったし、もしかしたら、いつか私も……と思えるようになった。


 私小説の中のHiroは、その最後のページでこんなひと言を告げている。




◇◇◇


『僕と弟にできた事が、この作品を読んでくれているあなたにできないはずありません。大丈夫、僕はあなたの味方だから』


◇◇◇




 いつか言いたい、母に。思ってきた事を全部言ってやりたいと、生まれて初めてそう思った。でも、きっとまだ無理だから、母からの圧に負けそうな時は、何度も何度もHiroの作品を読み返して心を慰めていた。母と長時間話せるだけの勇気を得る為にも。


「……青葉ぁ、ごはんよぉ!」


 スマホの液晶画面の時計がPM7:00を告げるアラームをかき鳴らす。私は素早くそれを止めると、ドア越しに廊下がある方向へと振り返りながら「分かった、お母さん」と答える。机の上に広げたままの問題集は、もう放っておく事にした。

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