第10話
◇◇◇
その日は、弟の六歳の誕生日だった。
いつもガマンばかりしている奴だったから、せめて誕生日くらい、ちょっとのわがままでも叶えてやりたくって。
だから、僕は弟に聞いたんだ。「誕生日、何が欲しい?」って。
「母ちゃんが欲しい」
そう言うと思ってた。母とはもう、三ヵ月ほど会っていない。たぶん、今日も帰って来やしないんだろう。そんな母親でも、あいつにとっては大好きな母ちゃんだから、きっとそう言って僕を困らせるとばかり思っていたのに。
「兄ちゃんの新しいお話が読みたい」
弟はえへへっと笑ってから、そんなふうに言ってくれた。
何がそんなに嬉しいんだよ。僕の考える物語なんて、部屋中あちこちに散らばっている古い絵本の中身をごちゃ混ぜにしただけのしょうもないパクリなのに。一番最初にそれを書いた時だって、あんまりお前が母を恋しがってぎゃんぎゃん泣くものだから、静かにさせたくて適当に作っただけ。そんな駄作を、弟は史上最大のお宝を見つけた海賊みたいに喜び、夢中になってくれたっけ。
僕はこの日、生まれて初めて、自分の力だけで考えたオリジナル作品を書き上げ、弟に読んで聞かせた。弟と同じ名前の少年が主人公の、ちょっとした冒険物語だったと思う。痩せっぽちだった弟は、両目をキラキラさせて僕の物語を最後まで聞いてくれた。
そして。
「兄ちゃん、ありがとう」
僕は、この時見せてくれた弟の満面の笑みを生涯忘れない。あの日は弟の六歳の誕生日だったけど、同時にこの僕――
だから、これから綴っていくこの物語は、僕の最初の読者になってくれた最愛の弟に捧げる。
心からの、愛を込めて――。
◇◇◇
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