第8話
「どれどれ、今度こそは……」
母は期待に満ちた目でテストの答案の束と結果表に目を向けていくが、一分と経たないうちにそれらを持つ両手が大げさなくらいぶるぶると震え始めた。
「どうして……?」
今度は、低い声が母の口から飛び出てくる。思わず、私の肩がびくりと震えた。怒っている、すぐにそう分かった。
「青葉」
「は、はい……」
「どうして、またこんな成績なの?」
「……」
「どうして、また学年二位なの? どうして一位じゃない訳……?」
だらんと力なくぶら下がった母の手から、答案の束と結果表がずり落ちていく。重力に従って床のカーペットに舞っていくそれらは表裏バラバラになっていったけど、何の嫌味なのか、結果表だけは私と母の視界にしっかり映るようにこちらを向いていた。
品川青葉。全七教科総合点数、698点。学年総合成績、第二位。
これが、一年の時からずっとキープし続けている私の立ち位置。ずっと抜け出す事のできない固定された居場所であり、母が最も嫌う場所――。
「ごめんなさい……」
母の顔を見る事ができず、私は自分の足元に視線を落として謝った。
「こ、今回はものすごく自信があったの、全教科百点取る自信があったくらい……。でも、英語のヒアリング問題でスペルを間違っちゃって……」
「……」
「ご、ごめんなさいっ! 今度は、今度の期末テストは全教科百点取るし、来週の小テストも問題なくこなすから、だからっ……」
一年の三学期の時みたいに、近所中に響き渡るほどの大声で怒鳴られるのだけはもう勘弁してほしい。あの時ほど、母に付いてきた事を後悔した事はないし、もう後悔したくないと思った事もなかった。せっかく四月までの小テストや定期テストは百点ばかり取ってきたっていうのに……。
どう言えば、これ以上母の機嫌を損ねないで済むのかと、次の句をうつむいたままで必死に考える。考えて、考えて……。その時だった。
「……そうよね。青葉は、やればできる子だもの。こんなものが、青葉の本当の実力な訳ないものねえ?」
いつのまにか母の二本の腕がこっちへと伸びてきていて、私の全身を包み込んでいた。その、ぬるりとした感触は、まるで人間よりもはるかに大きな蛇が巻き付いてきたかのような錯覚をもたらし、私は避けるどころか後ずさりする間も与えてもらえず、ただ立ち尽くすしかなかった。
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