第7話

「ただい、まぁ……」


 玄関でローファーを脱ぐ前に、そっと帰宅を告げる。家の中はしんと静まり返っていて、返事はなかった。


 ああ、よかった。この様子なら、きっと母は寝ている。夕飯の時間までは起きてこないだろうから、私も自分の部屋でゆっくりしよう。


 そう思い、ほっと胸を撫で下ろした私は、急いでローファーを脱いで、二階めがけて階段を駆け上がる。そして、階段を昇り切って右手に折れた先にある自分の部屋のドアノブを掴んで、思いきり引っ張った。


 朝起きて、学校への支度をしてから出て行った時と全く変化のない部屋の様子にほっと安心する。ほんの数時間しか保たれない安心かもしれないけど、それでも今の私には必要不可欠な事なんだからと思いながら、後ろ手で部屋のドアを閉めようとした時だった。


「お帰り、青葉――」


 閉じられようとしていたドアを力任せに掴まれた上、反対方向に引っ張られる。ドアノブを持ったままだと背中から倒れ込んでしまうととっさに思った私は、反射的にそこから手を離した事でかろうじて倒れずに済んだものの、背後にある気配があまりも禍々しく感じられたから、なかなか振り返る事ができなかった。


「青葉? どうしたの?」

「た、ただいま……」


 私の体が固まっている事が不思議で仕方ないのか、ドアをこじ開けてきた当の本人――母がもう一度私の名前を呼ぶ。無視する訳にもいかず、私は返事をしながらこわごわと振り返る。保険会社の営業の仕事をしている母は、まだレディーススーツ姿のままだった。


「ね、寝てなかったんだ……?」

「そう思ってたんだけどね、楽しみで寝てられなかったわ」

「楽しみって……?」

「決まってるでしょ。中間テストの結果よ」


 ああ、やっぱり。数時間どころか数分も保たれなかった安心の喪失に、私は思わず両目を閉じた。まただ。また、あの気持ち悪い感覚に全身を縛られてしまう……。


「さあ、早く見せてちょうだい」


 ぬるりと滑り込むように私の部屋に入りながら、母が言った。その右手が、ずいっと私の方に差し出される。


「ほら、青葉。早く」

「べ、別に、晩ごはんが終わった後からでも……」

「お母さんは、たった今、この場で見たいの」

「……」

「青葉」


 母の一段高くなった声が、私の名前を呼ぶ。いらだってきている証拠だ。もう逃げられないと判断した私は、震えそうになる両手を必死に動かしながら、足元に転がってしまっていた学生カバンの中からテストの答案の束と結果表を取り出して、それを母に渡した。

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