第6話

高校から私の家までは、自転車で十五分くらいだ。今の高校への進路を決めたのは、母だった。


「家から近い上に、県内屈指の進学校でございましょう? うちの青葉には、是非そちらの学校に行ってもらって、うんと学力を上げてほしいと思ってるんですの」


 中学最後の三者面談の際、母は私には一切口を挟ませず、担任を言い負かす勢いでベラベラとよくしゃべった。担任にはひとまず私の希望を話していたので、彼女は「よければ、娘さんの意見も……」と助け船を出そうとしてくれていたけど、結局母に勝つ事はできなかった。


 それでも、一縷の望みというものを持っていた。学力は元より、スポーツにだって力を入れている高校なのだから、もしかしたら自分の努力次第では両立する事を許してもらえるかもしれないって思ってた。だけど、高校入学が決まった直後、母が私に告げたのはたった一言「そんなもの、青葉の人生には必要ないでしょ?」だった。


 それからというもの、中間や期末テスト、それから事あるごとに行われる実力テストや小テスト、定期テストの前後はひどく憂鬱になった。


 始めのうちは、気合いを入れて取り組んでいた。母が納得してくれるだけの好成績を収めれば、いつかきっと認めてくれる。また、陸上ができる日が来るかもしれないと。だから、寝る時間も削って猛勉強したし、母に言われるがまま学習塾にも入った。苦手な科目も苦手じゃなくなるくらい、頑張ってきたんだ。

 

 それなのに、そんな私の期待をことごとく打ち砕いたのが、一年の時からずっと同じクラスの菊池君だった。







 家のすぐ前まで辿り着くと、出勤で使っている母の車がガレージに停まっているのが見えて、暖かい春の陽気の中、ぞくりと背中に冷たいものが走った。


 もう仕事から帰ってきている。ああ、そういえば今日は早出じゃなかったっけと、必死に居間のカレンダーに書かれていたメモを思い出す。うん、やっぱりそうだ。間違いない。


 私より朝が早かったんだから、部屋で仮眠でも取っててくれないかな。そうしたら、とりあえず今日は中間テストの結果について話す必要はなくなる。うまくいけば、ずっとごまかしておく事もできるかもしれない。


 そんな淡い期待を込めながら、私はガレージの端に自転車を停めて、玄関のドアの鍵をゆっくりと静かに開ける。そして自分の家だというのに、まるで人様の家に不法侵入するかのような慎重さでそろそろと中に入っていった。

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