第3話
新緑の季節を迎えた今の時期は、窓から差し込む陽光も吹き込んでくる風も心地よくて、そうしたくなる気持ちはものすごく分かる。私だって、その誘惑に押し負けそうになったのは一度や二度じゃない。
でも、だからと言って、本当に負ける事ある? 進学校だと言っても差し支えのないうちの高校は、それなりに内申書だって厳しく書かれるって話なのに。それを承知の上で、こう何度も何度も?
いや、今日はまだマシな方なのかな? 昨日は完全に机に突っ伏して、軽くいびきまでかいてたし。今は上半身を起こして頬杖をつき、ウトウトしているだけだ。それが上杉先生の機嫌を損ねるか損ねないかは別問題だけども。
「こぉら! 菊池ぃ!!」
堪忍袋の緒が切れた上杉先生の、今日一番の張り上げた声が教室中にびりびりと響く。その空気を伝ったびりびりが頬を撫でたのか、異変に気付いた菊池君の両方のまぶたがゆっくりと開かれた。
「あ……?」
「テスト! 答案! 返却!」
「ああ、はい……」
いらだちのあまり、二語文というものを忘れてしまったのか、上杉先生が単語のみを口にしながら菊池君に向かって乱暴な手招きをする。まだ眠そうな顔と掠れた声を合わせて返事をしてから、菊池君は緩慢な動きで席を立って教壇に向かった。
猫背だなあ、と思う。クラスの中でも一、二を争うくらいの長身だから、寝ぼけ眼で歩いていたら自然とそんな姿勢になってしまう菊池君は、やがて教卓を挟んで上杉先生の前に立つと、まるで小さな子供がおねだりをするかのようにちょこんと両手を差し出して「……ん」と、また掠れた声を出した。
「くそぅ……」
上杉先生の、悔しそうにつぶやく声が聞こえた気がする。心なしか、答案の束を手渡そうとしている両手もちょっと震えてるふうに見えた。
それを知ってか知らずか、菊池君は「ども……」と短すぎる声を出しながら軽く頭を下げると、またこっちに向かってきた。もうまぶたが重そうに閉じようとしていて、惰性だけで歩いてるって感じだ。
「ん、ぁふ……」
私のすぐ目の前まで来ると、そこで菊池君は一度立ち止まって大きなあくびをする。まるで無防備、そして無警戒のままでそうするものだから、無造作に右手に持っていた答案の束の一番前に留めてある横長の結果表がちらりと見えてしまった。
菊池英輔。全七教科総合点数、699点。学年総合成績、第一位――。
見たくて見た訳じゃなかったけど、決して知りたくもなかったその成績に、今度が私が愕然とする番だ。でも、そんな事もまた思いもしない上杉先生の「次、品川!」と呼ぶ声を無視する訳にもいかず、私は急いで席から立ち上がった。
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