第61話

「……はい、うちの新作予定商品の豆腐アイス! じゃんじゃん食べて感想聞かせてよ!」


 おじさんの大きな声が、岡本君ちの居間中に大きく響き渡る。そこに並んで座っているあたしと美琴の手には、かわいらしいデザインのガラスカップ。そして、その中には真っ白なアイスクリームがひとすくい乗せられていた。


 あれからどういう訳か、岡本君はあたし達を強引に『岡本豆腐店』に連れていった。そして店先に着くなり、おじさんを呼んで「朝言ってた試作品、この子達に食べさせていい?」なんて尋ねていたものだから、いったいどういう事かと思ってたけど。


「何でアイス……?」

「さあ……」


 さっきまであんなに泣いていた美琴も、その手にアイスが入ったガラスカップを持たされたとたん、涙も引っ込んでしまってきょとんとしている。でも、さすがに両目とも真っ赤だしまぶたも腫れちゃってるから、おじさんはその事に気が付いたようで、ほんの一瞬だけ表情が暗くなった。けど。


「何があったか知らないけど、誠也君があまり気の利いた事が言えなかったんならごめんよ?」

「えっ……」

「でも、このアイスで勘弁してやって? 誠也君なりの気遣いだと思うんだ」


 おじさんは照れくさそうに頬を掻いてから、肩越しにお店の方を見やる。今は岡本君が店番をしているようで、誰かお客さんと話をしているような声がかすかに聞こえてきた。


「親バカだって思われるだろうけど、誠也君はね優しい子なんだよ」


 おじさんが言った。


「人様の気持ちに敏感っていうか、あれこれと察してあげる事ができるっていうか。そのせいでちょっと神経質なところもあったりするんだけどね」


 確かに。岡本君のそういうところ、図書室で何度も見てきた。


「だけどさ、根はすごくいい子なんだよ。本当、それだけは分かってほしくてさ」


 おじさんが、また頬を掻く。今度は、何だかちょっと笑いながら。


「いえ。私の方こそ、岡本君に気を遣わせちゃってすみませんでした」


 思いっきり泣いたせいか、美琴はいつも通りの美琴に戻っている。おじさんに向かって軽く頭を下げている美琴を横目で見てから、あたしは店先に立っているだろう岡本君に感謝すると同時に、少し嫉妬した。気の利いた事を言えなかったのは、あたしの方だったから。


「いいって事よ。さあ、アイス食べちゃって。黒蜜とかもあるから、欲しかったら遠慮なく言ってくれよ?」

「はい、いただきます」


 店先から、岡本君がおじさんを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、少し混み合ってきたみたいで。おじさんは「あいよぉ!」と返事すると、慌ただしく居間から出ていった。


 残されたあたしと美琴は、手の中のガラスカップの中を見つめた後、添えられていた小さなスプーンを使って、同時に一口食べた。豆腐で作っただけあって普通のアイスよりコクは少なかったけど、それでもふんわりと滑らかで甘味もあって、本当に豆腐で作ったのかと思えるくらいにおいしかった。


「うわ、おいしい!」


 つい夢中になってパクパク食べちゃってたけど、ふと横を見ると、美琴のスプーンを持つ手が止まっている事に気付いた。口に合わなかったのかなと思ってたら、美琴の口から小さな声が出てきた。


「智夏、さっきはごめんね」

「え?」

「ああ言ってくれた智夏の気持ち、嬉しくもあったから」


 何でもう一度謝ってくるんだろうと思ったら、まさかそんなふうに言われるなんて。あたしもスプーンを持つ手が止まってしまい、岡本君が居間に来るまで動く事ができなかった。

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