第58話

小一時間くらいかけて、あたし達三人は児童公園の中に入った。


 美琴は始め、あたし達と来る事を頑なに拒んだ。話したくない、今の自分と関わってもらいたくない、ほっといてと何度もかんしゃくを起こしたけど、あたしが背中をさすりながら「大丈夫だよ」と言ってあげると、感情がそっちの方に傾いたみたいで、やがて小さな嗚咽を漏らし始めた。


 そんな美琴の体を支えながら、ゆっくりと通学路を進んで公園の中に入る。ラッキーな事に、遊んでいる子供の姿は一人もいなくてがらんどうだ。あたしはずっとうつむいたままの美琴に「あっちに行くよ」と言って、東屋の方へと歩く。岡本君はあたしの後ろから、そのままついてきてくれた。


 まだ新しいだけあって、屋根付きの東屋は初夏を過ぎて暑くなってきた夕陽をきちんと防いでくれた。ここなら落ち着いて美琴の話を聞いてあげられると考えた自分を、思いっきり褒めてやりたい気分だ。あたしはそのまま東屋の中に入り、日陰にすっぽりと包まれた長椅子の所に美琴を座らせた。


「ハンカチ濡らしてくるね。顔、ベタベタしてて気持ち悪いでしょ」


 美琴の頬はずっと流しっぱなしの涙でボロボロになってる。このままじゃ、せっかくきれいに焼けている小麦色の肌が台無しじゃん。


 あたしの提案に、美琴はすぐにこくりと首を縦に振る。あたしは「分かった」と明るく返事をして、すぐそこに見えている水飲み場までハンカチを濡らしに行った。


 予備のハンカチを持ってきといてよかったとか、話を聞いてあげる事で少しでも美琴が元気になればいいなとか、そんな事を思いながら水飲み場の蛇口を捻って水を出す。後は、全然他愛もないくらいの話題で盛り上がった美琴との思い出も。そうでもしないと、さっきの迫力のすごい彼女を思い返して、また怖いと思ってしまいそうだった。


 美琴とはそれなりに長い付き合いだと思ってたけど、あんな姿を見たのもあんな怒鳴り声を聞いたのも初めてだ。隣の市まで遊びに行って、それでテンションが上がっちゃって大きな声を出した事があるのは知ってるけど、その時とは全然比べものにならない。美琴があそこまで怒る事ができるなんて、知らなかった。


 そして何より、美琴があんなふうになるまで抱え込んでた何かがあるなんて、あたしは全然気が付かなかった。ついこの間まであたしは図書委委員の仕事や岡本君への愚痴ばかり話してて、美琴はずっとその聞き役になってくれてたけど。


「あたし、美琴に何もしてあげてなかったじゃん……」


 そうだと気付いた瞬間、自分がどれだけサイテーかって思い知って、また美琴の事が怖くなる。だからといって、いつまでも東屋に戻らない訳にもいかないから、あたしは覚悟を決めながら蛇口を閉め直した。

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