第53話
「嫌いな食べ物ですか? 豆腐ですね」
それまでのどの質問よりも、きっぱりとした口調で汐はそう言い切る。あたしは思わず、食後のデザートとして食べていた岡本君からのクッキーに目を落としていた。
「え~、豆腐がダメなの? 何で? 健康的でおいしいじゃん。俺なんか毎日食べてるよ? 汐君はモデルなんだから、逆にめっちゃ食ってるようなイメージあるけどね」
司会役の中堅芸人が信じられないといった表情を見せつつも、何とかその話題を広げようと食い下がっていく。すると汐は、一度ぎゅっと唇を強く噛みしめるような仕草をした後、またきっぱりと言葉を放った。
「生理的に無理なんですよ、豆腐の存在そのものが」
「マジで? 何がそんなにダメなの!?」
「まず、味ですかね。何かしらの調味料を加えないと、豆腐って味付かないじゃないですか。そういう自分だけじゃ何の味わいも出せないところです」
「ほうほう」
「あと、脆弱なところ。豆腐って脆いでしょ? ちょっと力を入れたりしただけで簡単に崩れるし。そんな弱いところも嫌なんですよね」
「へえ、何か意外だなぁ。じゃあ、次の質問……」
中堅芸人が別の質問に話題を変えてくれた事でそこで終わったけど、あたしは汐が豆腐を嫌いって事に何だかショックみたいなものを感じていた。
あたしだって、別に豆腐が大好物って訳じゃない。ごくごく普通だ。お母さんはよく豆腐入りのお味噌汁作ってくれるけど、毎朝それがなきゃ嫌だって訳でもないし。まあ、食卓に上がれば食べますよってくらいかな。
でも、汐の場合、そういうんじゃない。大豆アレルギーとかで食べられないならまだ分かるけど、豆腐の存在そのものに嫌悪感があるって言い草だった。だから、もう食べる食べない以前の問題なんだって思った。
「こんなにおいしいのにな……」
あたしは、目の前に指で挟んだ豆腐クッキーをかざす。相変わらずしっとり甘くておいしい。豆腐だって調理次第で、こんなにおいしいクッキーに生まれ変われるのに。あたしは液晶画面の中で笑っている汐に向かって言った。
「もったいないよ、汐……」
クッキーの最後の一枚を口に放り込む。噛み砕くたびにじんわりと程よい甘さが舌の上で溶けるように広がっていく。これを田舎の小さな豆腐屋のおじさんが作ってるんだよって知ったら、汐はどんな顔をするだろう。
このクッキーを、汐に食べさせてあげたいって心から思った。
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