第51話
「さすがに昨日のあれは、言い過ぎだった。前の時より、ずっとひどい。あの後、真岡さんにも怒られた」
「……」
「確かに僕は、自分の価値観や都合を周りに押し付けがちだと思う。そのくせ、誰かの言動や個性を受け付けられないところだってある。どっちもダメな事だって分かってるのに、どうしようもなく我慢できなくなる時があって」
「それでずっと悩みまくって、体調悪くしちゃったとか?」
何だか聞いてられなくなって、少し言葉を被せるようにしてあたしは尋ねた。
もし、その通りだとしたら、あたしだって。確かにひどい事は言われたけど、面倒くさがってパンフから興味をなくした上に「たるい」なんて言った。それって、やっとパンフを手に入れたって喜んでた美琴に対して、あまりにも失礼過ぎるじゃん。もしかしたら、ケンカの相手は岡本君じゃなくて美琴になってた可能性だってあったんだ。
そう思ったら、罪悪感が心の中から一気に湧き上がってきた。
あの時の岡本君がそこまで考えていたかどうかは分からないけど、美琴が何か言い出す前に岡本君がひどい事を口にし出したから、あたしは今日も美琴といつも通りに話す事ができたんだ。そして美琴からクッキーと伝言をもらって、図書室のカウンター当番を一人でやったから、今最大のチャンスが来ようとしてる――。
「……あたしの方こそ、叩いてごめん」
たっぷりと深呼吸した後で、あたしはそう言う。さすがにもう、岡本君の頬は腫れてはなかったけど。
「A組の先生から聞いたよ、二時間目の体育の時に具合悪くなったって。あたしがトドメ刺してたっていうんなら、本当に……」
「違うよ」
今度は、岡本君があたしの言葉を遮る。いつの間にかあたしの顔は少しうつむき気味になってたみたいで、岡本君の声に反射的に顔を上げてみれば、メチャクチャ真剣な目があたしをまっすぐに見つめていた。
「それは、違うから」
まるで言い聞かせてくるみたいに、ゆっくりと岡本君は口を動かした。
「昨日の事で悩んでなかったっていえば嘘になるけど、それとこれとは別問題だよ。あれは、救急車のサイレンのせいで」
「救急車?」
「聞こえてなかった? 二時間目の時、グラウンドのすぐ横に救急車来てたんだけど」
そう言えば、とあたしは思い出した。確かに二時間目くらいの時に、教室の窓ごしに救急車のサイレンの音が聞こえてた。ずいぶん大きく聞こえてたもんだから、すぐ近くまで来てたんだなあくらいにしか思ってなかったけど。
「ダメなんだよ、僕。ああいう音が」
「え?」
「大きな音を聞いたりすると、頭の中でどんどん増幅されてくようにうるさく感じるんだ。今日のだって、その限界を超えかけたから……」
だから、もう謝らないでほしい。安藤のせいじゃないんだから。
そんな岡本君の心の声が続きとなって聞こえてきたような気がして、あたしはこれ以上この話を広げる事ができなくなった。
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