第48話

放課後の当番も終わったら、まっすぐ家へと続く道を歩くつもりだったあたしの両足は、商店街の方へと向かっていた。


 あたしのスカートのポケットの中には、まだクッキーのラッピング袋が入ったままだし、何なら学校を出た時にもう一つ追加された物まである。正直、わざわざ家に行くほどの事でもないと思ってるし、今度学校で会えた時にすればいいじゃんと思ったりもしたけど、それじゃ何となく嫌な感じになって、結局こうして自分の歩みを止められないでいる。おまけに、学校のすぐ近くにある花屋さんで、本当にちっちゃな花束まで買ってきちゃう始末だし。


「何やってんだろあたし。別に入院してるんじゃないのに……」


 自分のやってる事に呆れ返る。何だかバカっぽくも思えてきたのに、あたしは引き返す気にもなれず『岡本豆腐店』の前まで来てしまった。


「すみません、木綿を二丁と油揚げの袋詰めを一つ下さい」

「はいよ。奥さんいつもありがとうね!」


 あたしより先に『岡本豆腐店』の店先に来ていた少し太っているおばちゃんが、空のボウルを片手に店の奥に向かって声をかける。そのおばちゃんの声にすぐさま反応したおじさんが、ぱたぱたとゴム長靴の足跡を忙しく踏み鳴らしながら出てきた。


「はい、木綿二丁! 油揚げ、サービスで少し多めに入れとくよ」


 おじさんは腕まくりをすると、すっかり慣れた手つきで店先で一番目立つ大きな銀色の水槽から木綿豆腐を二丁すくい上げ、おばちゃんのボウルに水ごとていねいに入れていく。その水はとても冷たいのか、おじさんの腕はみるみるうちに赤くなっていったけど、全く気にもしない様子でナイロン袋にこれでもかと油揚げも詰め込んでいた。


「はい、お待たせ。全部で五百円ね」

「いつもありがとう、助かるわぁ」

「何のこれしき。これからも『岡本豆腐店』をごひいきに」


 そう言って、愛想よくおばちゃんを見送っていたおじさんが、ふと顔をこっちに向けてあたしに気付いた。


 あたしはおばちゃんの姿が小さくなっていった事を確認してから、「どうも……」みたいな感じで声をかけるつもりだったし、今更帰りを急いでも仕方ないから、もうちょっとくらい待たされたって別に構わなかった。なのに、今の今までにこにこと商売っ気たっぷりだったおじさんの笑顔は一気に慌てふためいたような表情に変わって、またゴム長靴の足音を立てながら小走りに近付いてきた。


「あ、安藤さんっ……。いつから、そこにいたの!?」


 おじさんは目まぐるしいくらい、両腕をバタバタと振りながらあたしに声をかけてきた。


「気付かなくてすまねえな、結構待たせちゃったか?」

「いえ、別にそこまでは。今日、岡本君早退したって聞いたんで寄ってみたんです。これ、一応お見舞いです」


 言いながら、あたしは持っていた花束をおじさんに差し出す。そのすぐ後、スカートのポケットに入れていたもう一つの物も渡そうと思ったんだけど、おじさんの「ごめんよ」といういきなりの謝罪に、スカートに向かっていたあたしの右手はぴたりと止まった。

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