第46話

結局、あたしはお昼休みになっても、岡本君からの豆腐クッキーに手をつける事ができなかった。


 前の時とは、意味合いが全然違う。それを軽い気持ちでひょいっと食べちゃうのはどうかと思ったし、かといって美琴が今朝言っていた言葉もごもっともだと思うから、絶対に捨てる訳にはいかない。そうやってうんうん迷ってるうちに、あっという間に昼休みの時間になっちゃってた。


 豆腐クッキーだとためらうくせに、昨日コンビニで適当に買ってきたサケと昆布のおにぎりセットはぺろりと完食してしまった。時間にしたら、だいたい五分くらい? もう、早食いは太りやすいってこの間雑誌で読んだばかりだったのに。


「智夏」


 何となくクッキーの袋をスカートのポケットに入れる。そして、そのまま教室を出ていこうとしていたあたしの背中に向かって、美琴が声をかけてきた。ちらっと振り返ってみると、美琴は軽く掲げた両手をぐっと握りしめて「ファイト♪」なんて言って笑っていた。


 それに小さく頷いてから、私は廊下に出る。早足で行けば十五秒程度で行ける距離を、あたしと同じように廊下に出てきた何人かの生徒の間をすり抜けながら進んだ。


 その短い時間の中で考えていたのは、図書室に入った時の第一声だ。どうしよう、何て言うべき?


 やっぱり無難に、「クッキーありがとう。うちに持って帰って、家族と一緒に食べるね」かな。ううん、違うな。それじゃ前と一緒じゃん、もらった状況と意味合いが違うんだったら。


 それじゃあ「昨日はごめん、痛かったよね?」かな。いや、これだと私だけが100%悪者じゃん。確かに、ちょっと言い過ぎたしやり過ぎだったかもしれないけど、岡本君があたしにケンカを吹っかけるような事を先に言ってきたのも事実だし。謝るつもりがない訳でもないけど、先に私の方から折れるっていうのも違う気がする。


 だとしたら、やっぱり今朝の伝言みたいに「今日も一緒の当番、よろしくね」にしようか。昨日の事は最初からなかった事にして、当たり障りなく時間を過ごすようにすれば……。


 ああ、ダメ。どれもこれもしっくりいかない。たった十五秒程度じゃ、まとまるものもまとまるはずない。すぐ目の前に、図書室のドアがでんと現れてしまった。


 もう、いいや。どうとでもなれって訳じゃないけど、こうなったらもう岡本君の第一声で決めよう。


 そう決めたあたしは、図書室のドアを勢いよく開ける。もしかしたら、それを咎めようとする岡本君の言葉がきっかけになるんじゃないかと、本当に淡くて薄っぺらい期待を込めなかったと言ったら嘘になるけど。なのに、岡本君の声はあたしがカウンターの方に体を向けても聞こえてくる事はない。それどころか、いつものように椅子に座って本を直している姿さえ見えなかった。

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