第44話

次の日の、水曜日。あたしの気分なんか実にどうでもいいと言わんばかりに、空は雲一つない晴天模様だった。おまけに、あたしの体は健康そのもの。


 昨夜のお風呂上がりは、わざと薄っぺらいパジャマを着た上に布団もかけずに寝たのに。何なら部屋の窓も開けっぱなしにしてたし、おなかだってちょっと出しておいたっていうのに。そう都合よく風邪なんかひかない丈夫な自分の体を今日ほど憎んだ事はなかった。


 最終手段として学校をサボるという事も頭の隅を掠めたけど、こんな小さな田舎町で学校も行かずにウロウロしているのは非常に目立つし、両親に叱られるのが関の山。岡本君が嫌で顔を合わせたくないからサボりましただなんて理由で怒られるなんて、それこそまっぴらごめんだった。


 朝食のトーストをできるだけのろのろと食べて、いつもよりちょっとだけ遅い時間に家を出る。さすがに通学路のどこかで鉢合わせるなんて事はないと思ったけど、校門を通り抜けた所で「智夏~」と後ろからあたしを呼ぶ声に思わず両足がぴたりと止まった。


 ……そうだった。冷静に思い返してみれば、あたしが昨日シアターに置いて帰ったのは岡本君だけじゃなかった。


 ばっと勢いよく振り返ると、そこには満面の笑みでこっちに手を振ってくる制服姿の美琴がいた。だいぶ右足はよくなったのか、美琴はちょっとした小走りであたしの方へと近付いてきて、いつものように「おっはよ♪」とあいさつしてくれた。


「お、おはよ……」


 き、気まずすぎる。いつもだったら、あたしだって「今日は朝練なかったの?」とか「この間チェックした雑誌に汐がいてね~」とか、そんな軽い調子で話題を広げていくのに。昨日の今日だから、全然いつも通りにできない。何だか目も合わせづらかった。


「今日はちょっと遅かったね。何、寝坊したの?」


 対して、美琴は昨日の事なんか全然気にしてないって感じで、どんどんあたしに話しかけてくる。それもそうかも。あたしが怒ったのはあくまで岡本君であって、美琴じゃないんだし。


 でも、あの場に美琴もいたんだから、結局は巻き込んじゃったよね。しかも、あんな奴と二人だけにして置いてった訳だから、やっぱ気まずいもんは気まずい。


 どうしよう。いつもだったら、この次は何て返事してたっけ? そんな些細なやり取りさえ忘れかけそうになっていたあたしの目の前に、突然かわいらしいフリルとリボンが付いたピンク色の小さなラッピング袋が飛び込んできた。


「え……?」


 全く想定してなかった物が目の前に現れて、あたしはきょとんとしてしまう。ラッピング袋は、いつの間にかあたしの前に回り込んでいた美琴の両手にちょこんと乗っていた。

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