第42話

シアターを出て、そのままビルの外まで向かおうとしたあたしと岡本君を、美琴の「ちょっと売店に寄らせて」という声が引き止めた。


 フロアの片隅にぽつんと置かれている売店には、映画関連グッズやちょっとつまめる程度のファーストフードなどが揃っている。美琴の次なるお目当てはどうやら、今見た映画のパンフレットのようだった。


「あなたラッキーね、これが最後の一部ですよ」


 売店のレジの所にいたおばちゃんがそう言って、後ろの棚に飾るようにして置いてあったパンフレットを袋に詰める。それを抱えて戻ってきた美琴は、にこにこと嬉しそうに笑っていた。


「よかった~。もう今じゃネット通販の割高でしか買えないから、ここでなかったらどうしようかと思っちゃった」

「そんなに欲しかったの?」

「うん! 特に主役のコメントと監督の解説がね~……」


 そう言いながら、あたしの隣に立った美琴はさっそく袋からパンフレットを引きずり出し、まずは主要キャストのインタビュー記事が載っているページまでめくっていく。そこには細かい文字がずらりと並んでいて、思わずうっと息が詰まった。


 ああ、やっぱダメ。生理的に無理っていうか、ファッション関係じゃないものの活字を見ただけで条件反射的に嫌気が差す。それ以前にあたし、映画のパンフレットのこういう所って絶対読まないんだよね。映画のシーンやオフの写真を並べてあるページにしか興味がない。


 右足もまだ本調子じゃないんだし、家に帰ってからじっくり楽しんでもいいのに、美琴はあたしにも見てほしいと思っているのか、主役のコメントページからなかなか手を動かそうとしない。ああ、やだな。この俳優、真面目で小難しい事ばかり言ってるし、後はこの漢字とか……何て読むの、全然分かんない。


 面倒くさくなって、あたしがパンフレットからふいっとそっぽを向いた時だった。


「読まないの?」


 それまで押し黙るようにしていた岡本君が、急に声をかけてきたからあたしは必要以上に驚いてしまった。パンフレットに夢中になっていた美琴も、岡本君の声にぱっと顔を上げる。岡本君は、あたしと美琴の持っているパンフレットを交互に見ながら、言葉を続けた。


「せっかく真岡さんが見せてくれてるのに。設定とか読んでみたら、もっとおもしろいんじゃないか?」

「え~? もういいよ」

「何で?」

「読むのが面倒くさいから。ページめくるのもたるいし」

「……今の時代、サルだってページはめくれるんだけど」


 ……は? 今、こいつ何て言った? 聞き間違いじゃなきゃ、サルって言ったよねはっきりと。


 あたしがそっぽを向けていた顔を元に戻すと、岡本君のムッとした表情が目に留まった。何、その顔。ムカついてんのはこっちなんだけど。

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