第41話

正直に言えば、映画はメチャクチャおもしろかった。


 さすがに美琴が楽しみだったと言うだけの事はあった。確かに展開はベタだけど、主演俳優がとにかくカッコいい。ちょっとキザなセリフ回しも派手なアクションも、それから仇を一人ずつ倒していくたびに家族の事を思い出して切なく歪む表情もたまらない。


 所々に入ってくるBGMも私好みだったし、後は何といっても恋愛要素。仇の一人の娘が、何も知らずに主人公に恋しちゃうっていうのもベタだと思ったけど、ラストシーンで彼女に何も言わず背中を向ける体も心も傷だらけの主人公とか、とにかく何もかも刺激的だった。


 なのに、岡本君はどうも違うみたいだった。


 例えば、最初も最初のシーン。主人公の誕生日を祝う為に、家族が自宅のダイニングでケーキを囲んで待っていたら、突然家の中に侵入してきた武装集団に銃撃されるところ。まだ五歳だった小さい息子も含めて、家族全員が為す術なく次から次へと蜂の巣にされて、仕事で帰りが遅くなった主人公がその遺体の数々を見て絶叫した時。


「あぁ……うわあっ……!」


 つんざくようにシアター内に響いた銃声の効果音にびくうっと全身を震わせ、命乞いや断末魔をあげていく家族の最期には座席の上で身を捩らせ、目を閉じて耳を塞ぐ。主人公が泣き叫んでいた時なんて、早くも観てられないとばかりに前屈みになってスクリーンから遠ざかろうとしていた。


 その他にもスピード感溢れるカーチェイスシーンとか、数人がかりで襲ってくる銃撃シーンとか、とにかく効果音がすさまじいシーンの大半、岡本君はそんな調子だった。美琴は映画に完全に夢中になってたみたいだから気が付かないかもしれないけれど、あたしの右側でずっともじもじそわそわと動いている。岡本君がじっとしていたのって、それこそラストシーンだけだった。


 英語だらけのエンドロールと長いBGMが終わり、シアター内に光が戻ってくる。それと同時に、美琴が長い両腕をううんと上に突き上げた。


「ああ、おもしろかったぁ! もう最高、二人もそう思うでしょ?」


 よっぽど満喫できたみたいで、美琴の顔はそれ一色になっている。もちろん私もそれは同じだったから、「うん、おもしろかった」とすぐ頷いた。


 でも、岡本君は。


「う、うん。そうだね……」


 まるで全力疾走してきたみたいに顔にはじっとりと汗をかいているし、どことなく呼吸も荒い。さっき美琴とぶつかった時は青くなってた顔色も、今じゃ茹でダコみたいに真っ赤だった。


「え、何どうしたの!?」


 具合が悪くなったとか思ったのか、美琴が心配そうに声をかける。すると、岡本君は右手をすぐに上げて「大丈夫」と返事した。


「ちょっと疲れただけだから」

「疲れたって……ただ座って、映画見てただけなのに?」


 心底不思議に思って、あたしはそう尋ねる。そりゃあ、あんだけ座席で動きまくってたら落ち着かなかったかもしれないけど、だからってここまで疲れるかな?


 美琴も同じ事を考えてたみたいで、ちょっと首をかしげている。そんなあたし達に、岡本君はずいぶんと斜め上の返事をした。


「いや、その……主人公に感情移入しすぎちゃって、それで」

「……何それ」


 無理だった。あたしは我慢できずに、ぷうっと吹き出した。


 確かに主人公には共感できるところもいっぱいあったけど、だからってどんだけ感情移入するんだか。


「さっき美琴も言ってたじゃん、気楽に楽しめって。そういうとこだと思うけど」


 あははっと笑いながら、あたしは座席から離れて出入り口に向かう。その後に美琴も岡本君も続いてきたけど、先に立って歩いていた私には、その時岡本君がどんな表情であたしの言葉を気に病んでいたかなんて全然分からなかった。

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