第40話

美琴がお目当てとしていたのは、いわゆるアクション系って感じの洋画で、ありがたい事に吹き替え版だった。


 家族を悪の組織に皆殺しにされた警察官の男が、法律の裏をかいくぐりながら復讐を果たしていくっていうベタなストーリー展開だけど、主演しているのが今大人気のハリウッド俳優だっていうのと、スタント一切なしのアクションシーンの数々がものすごい話題になって、去年の映画興行収入全米No.1を記録したらしい。


 そんなすごい映画を田舎町に近いミニシアターで再上映してくれるなんて、ほぼ奇跡じゃん。よくフィルム借りられたもんだなぁと思いながら、あたしは連なった三席のうち、何となく真ん中を選んで座った。


 このミニシアターは今時にしちゃ珍しく、座席指定型じゃなかった。ラインナップも再上映ものが中心らしく、シアター前にかかっていた放映予定表を見れば、今から見る洋画みたいに少し前のものもあれば、モノクロみたいに古くさいものまである。小ぢんまりとしたシアターの中はあたし達の他にお客さんはほとんどいず、たぶん映画マニアか常連さんでもってるような所なんだろうなって思った。


 あたしが早々と真ん中に座ったものだから、美琴も岡本君も一瞬どうしようか悩んでたみたいだったけど、結局美琴はあたしの左側で、岡本君は右側に座った。「ヤバい、超ワクワクする~」と、美琴の小さな声があたしの左耳をくすぐった。


 よっぽど楽しみにしてたんだろうな、よかったねと思ったと同時に、シアターの中で放映開始を知らせるブザーが鳴った。


 ブーッ!


 時間にすれば、二秒もなかった。確かに何の予告っぽいものもなくいきなりブザーが鳴り響いたら、人によってはちょっとくらい驚くかもしれない。だけど、あたしの右側に座った奴はそのちょっとじゃ足りなかった。


「う、わっ……!」


 ブザーが響いた瞬間、岡本君は文字通り、座席から飛び上がりそうな勢いで驚いた。反射的に振り返ってみれば、それこそ腰がほとんど座席から浮いちゃってたし、またしかめっ面になっている。まさかそのまま出ていくんじゃないかって思ったけど、徐々に暗くなっていくシアターに落ち着いてきたのか、はあ~……と息を吐きながら、ゆっくり座り直した。


「岡本君、びっくりしすぎ」


 あたしの体越しに気付いたのか、美琴が小さな声でくすくすと笑った。


「大丈夫だって、そんなに怖くないらしいから。気軽に楽しもう?」

「う、うん……」


 岡本君は、美琴のそれよりもか細い声で返事をしながら頷く。だけど、スクリーンからのぼんやりとした光に照らされたその顔は、全然元に戻っていなかった。

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