第39話

鈍行電車に揺られて、二駅先の所にあるスタバ。美琴はそこで岡本君に新作ドリンクを推しまくった後で、程近いミニシアターが入っているテナントビルにあたし達を引っ張っていった。


「前に見逃した映画がそこで再上映するって聞いたの。映画なら座席に座っておとなしくしてるんだし、これなら智夏だって心配ないでしょ?」


 右足をひょこひょこ動かす美琴を心配するあたしを尻目に、本人はあっけらかんとそんな事を口にしながら、シアターの受付にある発券機で三人分のチケットを買う。確かに春休み中、美琴は合宿とか遠征で忙しくしてて、ずっと楽しみにしてた映画だったのに観に行けなかったってしつこいくらい悔やんでたっけ。


「一人で観るより、皆で観た方がおもしろいってね。はい、チケット」


 よほど嬉しくて仕方ないのか、美琴は発券機から出てきたチケットをあたし達に配っていく。それを空いた左手で思わずといった感じに受け取った岡本君は、また慌てたような声を出した。ちなみに、岡本君の右手にはさっきスタバで美琴におごってもらった新作ドリンクのMカップがある。まだ飲み切れずに、半分以上残ってた。


「ぼ、僕はいいよ」

「何言ってんの、ここまで来て。おもしろいって評判だから、岡本君も一緒に観ようよ」

「え、映画はちょっと苦手で。お金は払うから、僕はここで……」

「そんなの気にしないでいいから」


 はい、とやや強引に岡本君の左手にチケットを握らせる美琴。そんな美琴に岡本君はもう返す言葉をなくしちゃったみたいで、あたしは何だか少しムッとした。


 何よ、あたしと図書室のカウンター当番してる時とは全然態度違くない?


 そりゃ、美琴は押しが強いところもあるけど、100%純粋な善意から来るものだから、なかなか断りづらいって事もあるかもしれないけど、それにしたってあまりにも違いすぎる。あたしには「うるさい」とか「よくそんな下らない雑誌見てるね」とかさんざん言ってくれるくせに、今はまるで借りてきた猫そのものって感じじゃん。うん、やっぱりムカつく。ちまちまドリンク飲んでる事も、よけいにムカついた。


 そんなあたしに気付くはずもなく、美琴はまだ遠慮してる感じの岡本君に「お礼だから」と言い出した。


「智夏に分けてもらったんだけど、岡本君ちの豆腐クッキーすっごくおいしかった。だから、ドリンクも映画もそのお礼みたいなもんなの。気楽に楽しんでよ」

「え、それって……」


 岡本君はくるっとあたしの方を見る。何よ、別にそこまで驚く事ないじゃん。


「あんなにたくさん食べきれる訳ないし、女子がお菓子をシェアするのは常識なの」


 突っぱねるようにそう言ってやると、岡本君の顔はゆっくりと、本当にゆっくりと綻んだ。


「ありがとう。お父さんに話しておくよ」


 岡本君がそう言ったのと、シアターの壁に設置されたスピーカーが美琴お目当ての映画の開始時間を知らせる案内放送を流し始めたのは同時だった。

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