第38話
『そんなに気になるなら、いっそ耳栓でもしてればいいんじゃないの?』
昨日、自分で言った言葉がふと頭の中で浮かんできて、ちょっと焦った。嘘、あんな軽口を真に受けちゃったのって……。
でも、岡本君はそんなあたしより、右膝に絆創膏を張っている美琴の方に目が動いた。そして、みるみるうちに顔が青ざめていき、そのまま急いで両耳の耳栓を外した。
「……ああ、ごめん! 耳栓してて気が付かなくて……あ、あの、大丈夫、じゃないよね。い、痛い、よね……?」
岡本君の目は、美琴の絆創膏に釘付けになっている。確か昼休みに取り替えたはずだったのに、今のせいなのか、また絆創膏にはうっすらと血が滲み始めていたけど、美琴はやんわりとあたしの腕を外しながら「全然平気」と明るい声で返した。
「今ので傷めた訳じゃないから。て、いうか、昨日保健室で見てたじゃん?」
「そ、そうだけど……」
岡本君って、血がダメなのかな? ちょっと滲んでる程度なのに、絆創膏を見つめているその顔はずっとしかめっぱなしだし、何となくだけど汗もかき始めている。大量出血してて意識不明の重体ってくらいのレベルならまだ分かるけど、どうしてそこまで怖々としてるんだろ。
「あ、あの……」
少し震え出した手で、岡本君はズボンのポケットからスマホを取り出す。「どうするの?」ってあたしが尋ねてみれば、岡本君は「その子のうちに、連絡を」なんて言ってきた。驚きのあまり、美琴の肩がぴくっと揺れたのが分かる。
「あまり痛むんなら、連絡入れた方がいいかなって。で、でも、何て言えば……」
「だから、大げさなんだってば。いいよ、そんなの」
美琴は腕を伸ばしてきて、ひょいっと岡本君のスマホを奪い取った。あっ、と声をあげて、岡本君は宙に掲げられた自分のスマホをしかめ面のままで見上げている。美琴は腕も長いから、いくら男子といっても思いきり上に掲げられたら、絶対届かない。
「でもさ、それほど悪いって思ってるなら」
美琴が二カッと笑う。あ、これは何か企んでるなと思った。
「ねえ、この後って暇?」
「え……」
「この辞書、図書室に返した後」
あたし達の視線は、まだ廊下に散らばったままの辞書へと向く。これまで何人かの生徒が横を通り過ぎていったけど、それぞれ面倒くさそうに避けていくだけで、誰も拾ってくれそうになかった。
「いや、そのまま図書室で閉館時間まで本を読もうと」
「つまり、暇って事じゃん。智夏も今日は時間あるよね?」
そう言って、美琴はあたしを振り返る。これはもうすっかりあれだ、せっかく無神経な人間にはならないでおこうって思っていたのに。
あたしはため息にならないように何とかゆっくりと息を吐いてから、「うん」と短く答えた。
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