第37話
放課後、あたしは美琴と連れだって昇降口に向かっていた。
本当は二駅先のスタバに行きたかったんだけど、まだひょこひょこと調子悪く足を引きずってる美琴を見てたら、とても言い出せない。美琴は「そんなの気にしなくていいよ、行こうよ」って言ってくれると思う。でも、友達のつらそうな顔を見ながらスタバの新作を頼むほど無神経な人間になるのは嫌だった。
「大丈夫?」
「平気だってば~」
このやり取りも、今日だけでもう何回目だろう。ていうか、今日の美琴との会話、これだけしかしてないような気さえしてきた。そろそろしつこいって思われるかな?
あたしがちょっと不安に思った時だった。少し斜め前を歩いていた美琴が何かの拍子にバランスを崩して、くらっとその体が大きく右に傾いだのは。
「美琴っ……!」
とっさに腕を伸ばすけど、指先がちょっとかすっただけで美琴の肩を掴む事も、体を支えてあげる事もできない。美琴の大きく息を飲むような音だけが聞こえてきて、このままじゃ廊下に倒れると思った次の瞬間、美琴の体はすぐ側をたまたま通りかかった誰かに思いきりぶつかった。
「いった……!」
「……っ……!」
誰かの両手には分厚い辞書が数冊抱えられていて、それがドサドサッと音を立てて美琴の代わりに崩れ落ちる。それに気付いた美琴は慌てて「ごめんなさい」と謝るが、相手はまるで返事をせずに廊下に散らばった辞書を見つめていた。
「美琴、大丈夫!?」
あたしは美琴の肩を支えるようにしてまっすぐ立たせると、今度はぶつかった相手に顔を向けた。すぐに返事ができないくらいに怒ってるなら、あたしも一緒になって謝ろうとしたんだけど。
「あ、れ……? 岡本君?」
「……」
そこに突っ立っていたのは、岡本君だった。よく見れば、廊下に散らばった辞書に混じって、返却手続きカードも何枚か落ちている。そこに記されている名前は二年A組の担任の名前だったから、昨日のあたしみたいに面倒事を押し付けられたんだなあと思ったけど、どうして何も言わずに黙りこくっているのかは分からなかった。
「えっ、岡本君? ごめん、大丈夫だった?」
美琴もぶつかってしまった相手が岡本君だと分かって、もう一度謝る。それでも岡本君は、両目を何度か瞬きするくらいで全然こっちに反応しない。かといって、何か無視してるような嫌な感じにも見えなくて、ちょっと困った。
「ちょっと、聞こえてる?」
焦れたあたしは、岡本君の方に腕を伸ばして乱暴にその肩を揺すってみた。すると、とたんに岡本君は全身をびくんっと震わせて、やっとこっちに顔を向ける。その時、岡本君の両耳の中にピンク色の太い耳栓がはまっているのが見えた。
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