第三章

第36話

「……うん、おいしい! 本当にお店で売ってた物じゃないの?」


 次の日、三時間目が終わった次の休み時間の事。ちょっと小腹が空いてきた~と言い出した美琴に、昨日の豆腐クッキーを渡してあげた。本当は昼休みにお裾分けするつもりだったけど、美琴は思った以上に喜んで、さっそく一つをパクリと口に入れた。そしてちょっとも経たないうちに、この言葉を言ったんだ。


 昨日の事を話して聞かせれば、最初はあたしと同じように信じられないって顔ばかりしていたけど、今の美琴はクッキーへと伸ばす手を止められないみたいだった。そのペースだとお昼休みに食べる分がなくなっちゃうよと言ってみたけど、それくらいおいしいものだった事はあたしも昨夜食べてみたから、よく分かってるつもりだった。


「だっておいしいんだもん。こんなにしっとり甘いのに、主に豆腐でできてるとかすごすぎない?」


 しかも、あの岡本豆腐店のゴツイおじさんが作ったんでしょ? と、念押しするみたいに尋ねてくる美琴。あたしは何度かうんうんと頷いた。


「確かにすごいと思う。プロ顔負けって感じするし、あのキツイ格好のおじさんが作ってるってのもある意味すごいよね」

「これで試作品とか言ってるの、もったいないよ。早く売り出してくれればいいのに」


 嬉しそうに笑いながら、どんどんクッキーを食べ続ける美琴。そのスカートの裾から覗く右膝には、昨日よりさらに大きめの絆創膏が貼られていて、血がうっすらと滲んでいた。


 そう言えば、今朝、校門前で会った時、何となくだけど右足を引きずってるように見えなかったっけ……。


「まだ痛い?」


 あたしは、ゆっくりと美琴の右膝に向けて自分の人差し指の先を伸ばす。美琴はいつもと何も変わらない様子で「ううん、別に?」と返してきた。


「でも、ちょっと違和感があるみたいな? 何か落ち着かない感じはあるかも」

「大丈夫? 大会も近いんだし、ちゃんと病院に行ってきた方がよくない?」

「たかが擦りむいたくらいで大げさだよ。今日は部活も休みだし、学校終わったら家でおとなしくしてるから」

「筋トレはやるくせに?」

「あ、バレた?」


 そう言って、クスッと笑う美琴。休み時間はたったの十分間だったのに、紙袋の中のクッキーはすっかりなくなっていた。


「ごちそう様。岡本君にお礼を言っといて」


 四時間目開始のチャイムが鳴る中、美琴は手のひらをゆらゆら揺らしながら言ってくる。あの様子だと、本当はもっと食べたかったんだろうな。あたしは「はいはい」と軽い調子で返事をしながら、苦手な数学の教科書を机の中から引っ張り出した。

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