第34話

「うちのお父さんだよ。強引に連れてこられちゃったよね。僕に関して、ちょっと過保護になってるところあるから」

「それは仕方ないんじゃないの?」


 遠慮はしたけど、せっかく出してくれたものはもらわないと。あたしは程よく冷えたコップを手に取って、中身の麦茶を何口分か飲んだ。


「……こんな事言うのも何だけどさ」


 あたしが口を開くと、同じように麦茶を飲もうとしてた岡本君の動きがぴたりと止まる。そして、そのままあたしの方をじいっと見つめてきた。


「こんな事って?」


 少し固い感じに聞こえた岡本君の声。それを聞いて一瞬迷ったけど、思いきって続きを話した。


「一年留年しちゃうくらいの大怪我をしたんなら、どんな親だって大なり小なり心配すると思うよ」

「そんなもんかな」

「そんなもんだよ」


 あたしはきっぱりとそう言う。何たって前例っぽいのを見てるから。


 お姉ちゃんがこの町を離れて県外の大学に進路を決めたって最初に言った時、我が家はそれはそれは揉めた。特にお父さんは烈火のごとく怒って、大反対と来たもんだった。まだ将来どうするかをきちんと決めてないくせに、この町を離れたいとかそんなふざけた理由で進路を決めたのなら、そんなのは絶対に許さない! とか、家じゅうに響き渡るくらいの大声を出してたっけ。


 そんなお父さんに腹を立てたお姉ちゃんは家を飛び出そうとしたんだけど、勢い余って二階の階段を踏み外して転げ落ちた。幸い、さほど高くない段から落ちたから、足首を捻挫する程度で済んだんだけど、あの時のお父さんは見てるこっちが可哀想になるくらい自分の事を責めてたし、これでもかってほどお姉ちゃんを心配して、ずっと看病していた。


「あれは、僕の不注意みたいなもんだよ」


 岡本君のぽつりと呟いたような声で、あたしは少し深く沈んでいた思考の波から引き戻される。見ると、岡本君は両手で麦茶の入ったコップを弄ぶように軽く揺らしていた。


「だから、お父さんが気にする事はないと思うんだけど」

「そこはもうあきらめたら? 真っ当な親の習性だと思ってさ」

「真っ当な親、か……」


 あたしの言葉を繰り返した後で、岡本君の口の両端が緩く持ち上がった。あたしにはそれが何だか嬉しそうに笑っているふうに見えたんだけど、どうして岡本君がそんな顔をするのかよく分からなかった。

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