第29話
美琴、今日も頑張って走ってるかなと、あたしは少し首を伸ばしてグラウンドを見ようとする。鍵もかかっている閉められた窓越しだったから、あんまりよく見えないって事は分かってたんだけど。それをいきなり薄緑色のカーテンが勢いよくシャアッと音を立てて遮ってきたんだから、これで驚くなっていう方が無理だと思った。
「へ……?」
「……」
マヌケな声を出しながら横を見てみると、そこにはカーテンの裾を持っているしかめっ面の岡本君がいた。放課後特有のオレンジがかった日光を遮るカーテンに寄って作り出された影にすっぽりと覆われた岡本君は、何故かふう~っといらだちを吐き出すような息をしていて、何だかちょっと怖かった。
「うるさいなぁ……」
あたしがいる事を忘れてるのか、岡本君はこの前と同じような事をぽつりと言った。
「うるさくて集中できない。頼むから静かにしてくれよ……」
「そんなにうるさかった?」
あたしは素朴な疑問を口にした。正直、それほどとは思えない。前みたいに窓が開いていた訳じゃなかったし、そんなにホイッスルも鳴ってなかったのに。
「うん、まあ」
目だけをちらりと動かしてあたしの方を見た岡本君が、こくんと頷く。しかめっ面は続いていたけれど、あたしに対してって訳じゃないみたいだから我慢はできる。それより、まだ荒い呼吸を繰り返している岡本君の方が気になった。
「そんなに気になるなら、いっそ耳栓でもしてればいいんじゃないの?」
気休めっていうか、あんまり深く考えて言った事じゃなかった。だけど、あたしのその言葉に岡本君はカーテンに向けていた顔をばっと振り向かせて、悔しそうに唇を震わせた。また、ちょっとだけ怖くなった。
「え……」
「今日は、忘れてきてるんだ」
「何が?」
「耳栓だよ。だから……」
岡本君は、何か続きを話そうとしてた。だけどそれは、カウンターの中から聞こえてきた「うわあっ……」というごく短い悲鳴と、ドサドサドサアッと何かがなだれ落ちるような音に邪魔された。
「ああ、やっちゃった……」
反射的に振り返ってみれば、さっきのカウンター当番の一年生が困った顔でしゃがみこもうとしている様子が見えた。たぶん、運ぼうとしていた本を何冊か落としちゃったってところだろうな。
そんな事くらいで大げさに叫ばないでほしいなぁと思いながら、あたしが顔を元の位置に戻した時だった。さっきのしかめっ面なんて比にもならないくらい苦し気に顔を歪ませながら、両方の耳を押さえてへたりこんでいる岡本君が見えたのは。
「ちょっ……岡本君!?」
「うぅっ……」
何もかもを遮断しようとするみたいに、ぎゅうっと両目を閉じている岡本君は小刻みに震えていた。何これ、どういう状況? 急に具合が悪くなったとか、そういう系?
「だ、大丈夫!? 保健室行く!?」
「う、うるさい……」
「は?」
「うるさい、からっ……呼吸以外で、口を開かないでほしい……」
言葉を切らしながらそう言ってくる岡本君。この期に及んで、まだ「うるさい」とか言えるんだ。ムカッとしたけど、それよりもとあたしは岡本君の腕を掴んで思いきり引っ張った。
ああ、もう。早く帰って本屋に行きたかったのに。
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