第28話

岡本君は私が近付いてきた事に気が付いてないのか、手に持っている本を読む事に集中していた。ちらっと見えたそのタイトルは……『古事記と言霊の関連法則』って!


「しぶっ!」


 つい、心で思った通りの言葉が口から出てしまったけど、それでやっと岡本君は私に気が付いた。見上げてきたその顔は、ちょっと驚いたような表情をしている。


「え、何……?」

「いや、何って」


 心底不思議そうにそう言ってきた岡本君に、あたしは言うべき最初の言葉を詰まらせる。ていうか、察してほしいんだけど。さっきの今で、あたしが言ってくる言葉があるとしたら一つっきゃないでしょ。短く息を吸い込んでから、あたしはその言葉を吐き出した。


「あ、ありがと……」

「何が?」

「何がって、さっきの事」

「ああ」


 不思議そうだった声色は、だんだんと納得がいったとばかりのものに変化していって、岡本君は一度こくりと頷く。そしてまた渋いタイトルの本へと視線を戻した。


「別に気にしないでいいよ」


 岡本君が淡々と言った。


「大変そうだなと思って、手伝っただけだから」

「そうだろうけど、そうじゃないっていうか」

「ん?」

「岡本君が自主的にあたしを手伝ってくれるとか、ちょっと意外だったっていうか」

「何で?」

「だって……」


 よく電車とかバスの中でお年寄りや妊娠してる女の人とか、体の不自由な人に席を譲りましょう的な話はよく聞くけど、実際そういうのを行動に移すのって難しいと思う。知らない人とか、あまり親しくない相手に手助けの言葉をかけるのは結構勇気いるし、それで「大丈夫ですから」とかやんわり拒否される事を考えたら、余計に尻込みするんじゃないかとも思うし。


 ましてや、岡本君とはこの間険悪な感じになったばっかだ。だから絶対、岡本君はあたしの事を嫌ってるだろうし、助けてくれるだなんて思わなかった。


「困ってるって分かったから」


 またあたしが言葉を詰まらせていたら、本から目を離さないまま岡本君が言った。


「あんなにたくさんの参考書、重いだろうなとも思ったし。それから、いらだってドアの前で足を踏み鳴らしてるところ見てたら、余計に気になった」

「嘘⁉ あ、あたしそんな事してた!?」

「うん、やってた」


 きっぱりとそう言い切る岡本君の言葉に、これっぽっちも嘘がない事が分かって、あたしは自分の顔が一気に赤くなるのを感じた。


 全く自覚してなかった事をこうもはっきり言われると、猛烈に恥ずかしすぎる。あ、もしかして昨日、汐の列に並んでいた時もあたし同じ事してたんじゃ……?


「やだ、どうしよう……」


 岡本君の方を向けなくなって、あたしは近くの窓の向こうを見る。その先のグラウンドからは、相変わらず体育会系の部活が練習に励む声やホイッスルの音が閉められた窓越しに聞こえてきた。

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