第25話

「……えっ!? 汐って高校中退してたの!?」


 次の日の月曜。登校途中の通学路でばったり美琴と鉢合わせた。今日は陸上部の朝練ないんだと思ってから、あたしが昨日の出来事を包み隠さず話して聞かせると、美琴は最初とても残念そうに「部活なかったら、あたしも行ったのにな」とぼやいた。そして、特に何の気なしに汐の言っていた事まで口に出したら、先の返事を言った後で美琴は人差し指を自分の口に添えた。


「それってトップシークレットって奴なんじゃないの? しーっしーっ!」

「トップシークレット?」

「そうだよ。汐ってプロフィール非公開が売りのモデルじゃん」


 美琴にそう言われて、あたしは自分が結構舞い上がってしまっていた事にやっと気付いた。


 そうだ。美琴の言う通り、身長以外は全て非公開のミステリアスな汐のあの発言は、かなりヤバい情報漏洩っていうか、多分どのマスコミだって知り得ない事だと思う。汐が大した事ない話題みたいに言うもんだから、あたしもついうっかり話しちゃったけど、本当は誰にも言わない方がいいに決まってるよね。それをあたし、汐に会えて嬉しすぎたからって……。


「お願い! 今の、誰にも内緒にして! 今度何かおごるから!」


 万一、どこかの雑誌か番組で汐の高校中退の話が出てきちゃったら、十中八九あたしのせいじゃん。そんなのヤダ、耐えらんない! 必死に両手を合わせると、美琴はしょうがないなぁとわざとらしいため息をついてから、「じゃあ明日、スタバの新作で口止めされてあげる♪」と言ってくれた。


 汐の今後の芸能活動が何物からも脅かされずに済むんなら、あたしのおこづかいが減るくらいどうって事ない。あたしは財布の中身を頭の中で確認しながら、何度も首を縦に振った。







 予鈴よりだいぶ余裕を持って、あたしと美琴は高校の昇降口をくぐった。だけど、下駄箱の中の上履きを取ろうとした瞬間、朝っぱらから見たくもなかった嫌な顔が少し離れた別の下駄箱の前にあるのを見て、思わず「げっ……」と声を出してしまった。


「智夏、どうしたの?」


 嫌な顔に気付かなかった美琴がひょいっとあたしの肩越しにそちらを見やる。二人の視線の先には、岡本君が立っていた。


 あたしの「げっ……」が聞こえていたのか、岡本君はこっちをじいっと見てくる。彼も上履きを取ろうとしていたのか、下駄箱の前に伸ばされたまま固まっている腕が何ともマヌケに見えた。


「ああ、岡本君じゃん。おはよう」


 あたしは岡本君にいい気持ちを持ってないし、しょっちゅうカウンター当番の時の愚痴を言ったりしてるけど、だからって美琴にそれを強要する事はできない。その証拠に、まだそこまで岡本君に大した感情を持ち合わせていない様子の美琴は、ごくごく自然に朝のあいさつをしていた。


「……おはよう」


 一学年に二クラスしかないんだから、顔くらいは知っていたんだろう。ほんの少しの間を置いてから、岡本君は美琴の方に向き直ってあいさつを返した。そして。


「安藤も、おはよう」


 ふいっと顔を逸らしていたあたしの耳は、信じられない言葉を拾っていた。だって、ついこの間ケンカしたよね。あれっきり、廊下とかで会っても全然口きいてこなかったよね?


 驚いてぱっと正面を見れば、岡本君もまたあたしを見ていた。そしてもう一度「安藤、おはよう」と言ってきた。


「おは、よ……」


 無視する事もできずにあいさつを返すと、岡本君はほうっと長い息を漏らした。そして宙に掲げたままだったマヌケな腕を動かして上履きを取ると、何事もなかったようにあたし達に背中を向けて廊下の奥へと行ってしまった。


「何だ、普通じゃん」


 美琴が言った。


「どんだけ変わり者かと思ってたけど、普通にあいさつできるじゃん」

「……だまされちゃダメ」


 あたしはすかさず言ってやった。


「図書室に入ったら、あいつ変貌するんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る