第24話
「見学に来てくれてありがとう。俺、変じゃなかった? まだいろいろと下手くそだからさ」
何か言わなきゃと思ってるのに、緊張でまごまごしてしまってるあたしに気付いたのか、汐が照れたように頭を掻きながらそう言ってくる。そんな事ないと心から思ったあたしは、思いっきり頭を横に振りまくった。
「お、おもしろかったです! 皆の中で、汐……さんが、一番おもしろくて!」
「あはは、汐でいいよ。サインで大丈夫?」
汐が指差してきた先にあるのは、あたしの手の中の生徒手帳とボールペン。今度は頭を縦に振りながら、あたしはそれらをずいっと勢いよく突き出した。
「お、お願いします! ごめんなさい、こんなのしかなくて……」
「平気平気。レシートの裏にクレヨンで書いた事だってあるんだよ、俺」
だから心配しないでと、汐はあたしの手から生徒手帳とボールペンを受け取る。その時、ほんのちょっとだけど汐の柔らかい指先があたしの手にかかって、ふわりと心地のいい香りが鼻をくすぐった。
うわ、すごくいい匂い。もしかして、前に『Tiina』が取り上げてた限定版の香水かな? 汐のイメージに合ってて、カッコよさに拍車がかかるじゃん……!
これ以上あたしをドキドキさせてどうするつもりなんだろうと、ちょっとだけ視線を上げてみる。すると、そこであたしの生徒手帳の表紙を見つめたまま少し固まっている汐の姿とぶつかった。え……?
「この高校、まさかあいつと同じ……?」
少し表情を硬くした汐が、そんな事を口の中でぽつりと言った気がした。え、何? いったいどうしたんだろう?
「汐……?」
おそるおそる呼びかけてみる。そしたら汐はハッと我に返ったみたいに肩を震わせた後で、さっきと同じ笑みを取り戻した。
「あ、ごめんごめん! 君、地元の高校生なんだ?」
「え……は、はい! 高校二年生です」
「そうか、青春だね。俺、ちょうど君と同じ年くらいに高校辞めて今の仕事に就いちゃったからさ」
そう言いながら、手慣れた感じであたしの生徒手帳のフリースペースにサインをしてくれる。さらさらっと、ボールペンが紙の上を走る滑らかな音がやたらよく聞こえてきた。
「俺の分まで高校生活楽しんでね!」
サインをし終えた汐が生徒手帳とボールペンを突き返してくる。それを何とか受け取ると、さっきの人と同じように汐はまぶしい笑顔で右手を伸ばしてきてくれた。
「は、はい! ありがとうございました!」
後ろで順番を待つ人の焦れた様子が背中越しに伝わってきて、あたしは急いで汐の手を握る。指先だけでもあんなに柔らかかったのに、汐の右手はまるでふんわりとしたマシュマロみたいにあたしの田舎者臭い手を包みこんでくれた。手汗がひどくなくて、本当によかった。
名残惜しさが半端なかったから、あたしはできるだけゆっくりと汐の手を離して、のろのろと彼の前から立ち去る。その時、また汐のとても小さい声が聞こえてきたような気がした。
「あいつ、元気にしてるかな……」
他の誰も気付いた様子がなかったし、すぐにお姉ちゃんがあたしの所に来て「よかったね、智夏!」とはしゃいでいたから、きっと気のせいだよねと思う事にした。
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