第23話

「……皆さん、こんにちは~。今日はお邪魔しちゃってすみません、楽しかったですか?」


 ついちょっと前までカメラの側に立っていたキャストの皆が、あたし達の方へと少し早足で来てくれた。もちろん、汐も。


「俺達、これからサイクリングの収録でここを離れるんで、見学は終わりなんですよ。でも少し時間余ってるし、皆さんの貴重なお休みのお邪魔もしちゃったんで、よろしかったらいろいろサービスさせて下さい」


 進行役のお笑い芸人が少し申し訳なさそうに頭を下げてから、ニカッと笑顔でそんな事を言う。それに合わせて、他のキャストもうんうんと頷くから、見物客達の興奮度は一気に上がった。


「……サ、サインサイン! サインお願いします!」

「握手して~!」

「ツーショット写真もいいんですか!?」


 めったにあやかれない芸能人との触れ合いに、皆が田舎者丸出しの態度でいろいろとねだる。最初はもみくちゃになりかけたけど、ガードマンやスタッフの機転であっという間に順番の列ができあがった。


 一番人気の列は最近バラエティ番組に引っ張りだこの女性タレントだったけど、当然あたしは何の迷いもなく汐の列に並んだ。汐の人気だって負けてない。結構な人数が汐のサインや握手を求めて順番を待っていた。


「私は充分満足したから、智夏行っておいでよ」


 そう言って手を振るお姉ちゃんを視界の端に置きながら、あたしも順番を待つ。手には、たまたまカバンの中に入っていた生徒手帳とボールペン。こんなチャンスがあるって最初から知ってれば、もっとちゃんとした色紙とか買ってくればよかった。でなきゃ、せめて学習用のノートでもいいからさ。


 前に並んでいる人を見れば、用意周到とばかりに大きめの色紙と太めのマジックペンを持ってそわそわと肩を揺らしている。ああ、生徒手帳とボールペンがものすごくショボい。こんなの見て、汐がドン引きしちゃったらどうしよう……。


 そんな事を延々と思っていたら、いつの間にか汐がすぐ近くにまで迫っていた。見れば、あたしの前の人がこれ以上ないってくらいの幸せな顔で色紙とマジックペンを差し出していて、汐が受け取ったそれでサインしてる。ヤバいヤバいヤバい、空気が全然違う! いや、空気どころの話じゃない。異空間だ、異次元だ、異世界そのものだ。


「はい、今日はありがとうございました」


 まぶしいくらいの笑顔でサインをし終えた汐は、スマートに空いた右手を差し出していた。すごい、サインしか頼まれてないのに、おまけの握手までしてくれるなんて……。


 緊張気味に握手した前の人は、嬉しさが余ってそそくさと離れていく。いよいよだ、いよいよあたしの番……。


「それじゃあ、次の方。どうぞ」


 他のキャストもそうだろうけど、だいぶサービスをこなして疲れてるはずなのに、汐はそんな様子をちょっとも窺わせないきれいな笑顔であたしを出迎えてくれた。それなのに、こんなちっぽけで少しよれちゃってる生徒手帳なのが申し訳ない。せっかく汐が笑いかけてくれているのに、あたしはちょっとうつむき加減になりながら彼の前に立った。

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