第18話

連休最初の一日目、宣言通りお姉ちゃんは家に帰ってきた。「ただいま~♪」と明るい口調で言いながら玄関をくぐってきたお姉ちゃんは、ちょっと垢抜けた感じの服は着ていたしメイクもうまくなっていたけれど、それ以外は特に何も変わった様子もなく、お姉ちゃんはお姉ちゃんだった。


「はい皆、これお土産~」


 ちょっと複雑そうな顔を浮かべていたけど、それでも嬉しそうなお父さんにはネクタイ。お母さんにはブローチ。そしてあたしには『Tiina』で紹介されていた十代に人気のかわいらしいピンクグロスを差し出してきたお姉ちゃん。週三日で入っているカフェのバイトが思っていた以上におもしろいと、楽しげに話してくれた。


「大学生活を満喫してるんだね、お姉ちゃん」

「うん、もう最高! 今ね、サークルも二つ入ってるんだけどさぁ……」


 一緒に暮らしていた頃、お姉ちゃんはそこまでおしゃべりって訳でもなかった。子供の時は遊ぶたびによく笑っていたけれど、大きくなるにつれてだんだんつまんなさそうに顔をしかめて押し黙るようになった。最後にお姉ちゃんの楽しそうな笑顔を見たのっていつだったっけ? そう思えるくらい、それは遠い過去みたいな感じになっていたのに、今のお姉ちゃんは本当に楽しそうだ。


 何か悪い事が起こった訳じゃなくてよかったと、ほっと胸を撫で下ろすお父さんに、お姉ちゃんは「ちょっと忙しい時もあるけど、そんなのないない」と右手をひらひらさせながら言った。


「サークルの先輩に同じゼミやバイト先の仲間、マンションの管理人さんに至るまで、皆いい人達ばかり。本当に恵まれてるよ、私は」

「じゃあ、この連休はいろいろとお誘いとかあったんじゃないの?」


 あたしは素朴な疑問をぶつけてみた。お姉ちゃんが皆によくしてもらえてるのは本当に安心したけど、その分連休に予定を入れようと思えばできたんじゃないかって。するとお姉ちゃんは「うん、あったよ」と答えてから、あたし達家族に向かってまっすぐな視線を向けてきた。


「でも、今回だけはって断ってきちゃった。バイトも無理言って二日間だけお休みもらったから、明日の晩には帰る」

「どうしてそんな事……」

「ちゃんと皆に報告したかったから」


 お姉ちゃんが真剣な声で言った。


「もう分かってると思うけど、私はこの町にいたくないって不純な理由だけで大学に行った。だけど今は本当に充実してるし、自分の可能性を探していろいろ頑張ろうって思ってる。この町に帰ってくる保証はないんだけど、どこにいたってちゃんとやっていくから。だから心配しないでねって言いに来たの」


 両親もそうだっただろうけど、あたしはお姉ちゃんの変わりっぷりに本当驚いた。


 ほんのちょっと前まで「もうこんな田舎ヤダ!」とか「どこでもいいから、この町以外の所で暮らして何かやりたい!」くらいしか言ってこなかったのに、ものすごく大人になったっていうか……。


 あたしだってひとまずの目標はあるけれど、お姉ちゃんみたいにちゃんと報告できるのかって言われたら、全然自信なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る