第14話

さすがにこの時間になってくると、体育会系の部活といえども練習を終わらせていくようで、昇降口から出てグラウンドや体育館の方を見ても、活気のこもった声が聞こえてくる事はなかった。


 陸上部の方ももうとっくに練習は終わってしまったようで、ハードルを抱えた一年生数人が部室棟の方へ向かいながらおしゃべりしている姿が小さく見えた。


 美琴、もう帰っちゃったかな。まだ部室にいるとしても、大会も近いから今日の練習はきっとハードだっただろうし、疲れてるよね。


 今日は一人で帰ろうと取り出しかけていたスマホをスカートのポケットに入れ直して、あたしは校門を出た。


 桜はもう散ってしまったけれど、春が過ぎ去った訳じゃないから、日はまだ高い。日没まであと一時間以上はある。


 なかなか夜の気配を見せない学校の通学路は、いろんなものがちらちら見えて何だかおもしろい。店じまいする前に最後の売り上げに努めようとする八百屋や魚屋の威勢のいいかけ声とゕ、ものすごくゆっくりとオレンジから藍色に変わろうとしている空のグラデーションとか。


 こんな何もない田舎町の中でも、あたしが唯一好きなものがある。それはどこのプラネタリウムにも負けないくらいのきれいな星空だ。


 理数系は苦手だし、星占いとかを見たって自分の星座がどんな形をしてるか分からない。せいぜい知っているのは、ひしゃくの形ですごく分かりやすい北斗七星だけ。でも、そんなあたしだって、スモッグの少ない夜の藍色が星のきれいな輝きを引き立たせてくれる事くらいは分かる。地球から何万光年も離れているっていうのに、一つ一つの星が自分の光をこんな田舎にも一生懸命送り届けてくれてるような気がして、ちょっと嬉しくなったりするから。


 どうせ水曜は図書委員の仕事で遅くなるって言ってあるし、何ならもう少し暗くなるまでどこか公園とかにいようかな。そして、ちょっと星を眺めてから帰ろう。


 そう決めたあたしは、学校から少し歩いた先にある児童公園に向かった。






 小さい頃はお姉ちゃんと一緒によく遊んだ公園だったけど、年を重なるごとに老朽化が進んだとか何とかの理由で、昔よりだいぶ遊具の数が減っていた。


 ジャングルジムもシーソーもなくなっちゃってて、あるのはボロボロに朽ちている木製のベンチがいくつかと、錆び付きがひどく目立つブランコ。後は比較的新しく作られた屋根付きの東屋あずまやくらい。


 あたしは星空がよく見えるようにとブランコの方を選んだけど、ギイギイと軋む音が聞こえてきて、まさかの先客に驚いて思わず近くの木の影に隠れてしまった。


 これが全く知らない人だったら隠れなくてよかったかもしれなかったけど、そうじゃないからたまんない。しかも、それが岡本君だったからなおさらだ。


 何で? という言葉が、あたしの頭の中をぐるぐるする。岡本君ちがどこかは知らないけど、何もこんな所まで来なくてもいいじゃんとか思ってしまう。


 岡本君はブランコを力なく揺らしながら、だんだん藍色に染まっていこうとする黄昏時たそがれどきの空をぼうっと見上げてる。あたしがやりたかった事を先にやられて、何か悔しかった。


 もう、今すぐ帰ってくれないかなぁ。せっかくここまで来たのに、無駄足になるじゃん。そう思った時だった。


「……やっぱり、一人が一番楽だな」


 図書室と同じくらい静かな公園の中を、岡本君の声が通り抜けていった。


「うるさいものは、皆どこかへ行けばいいのに」


 あたしに気付いてないのはいいとしても、そんな物騒な事をぽつぽつと言う割に、岡本君は何だか寂しそうに見えた。それはさっき、あたしに謝ってきた時とほとんど同じ印象だったというか、とにかくあんまり見ちゃいけないような気がして。


 あたしは、夜空を見る事をあきらめ、そのままそっと公園を出て行った。

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